25. 天国みたい

「あったじゃろ。」


 ドヤ顔のノルン。



「はい、驚きです。この辺りは他にもこのような場所があるのでしょうか?」


 感じている高揚感を必死に抑え込んでいるクレア。



「赴こうと考えておる場所はこの近くに何ヶ所かある。あの物語とは関係ないがな。」


 クレアの興奮を感じ取りほくそ笑むノルン。



「ノルン様がお探しの魔法には関係があると?」


 興奮で声が震えそうなクレア。



「ああ」


 たった一言だが今のクレアを煽るには最も効果的。



「…わたくしの屋敷に拠点を構えてはいかがでしょうか?」


 推定4,000歳の美女が古の魔法を探している。


 どのような魔法かは聞き出せていないが、若さや長寿に関わることは間違いないとクレアは考えた。



 今の自分に不満はない。


 だが、若かりし頃の肌艶には遠く及ばない。


 しかも、その肌艶を提げて突然現れたノルンは推定約3,940歳も歳上。


 見た目も最も美しかったあの頃の自分に瓜二つ。



 戻れるものなら戻りたい!!


 恩を売れるだけ売ってあの肌艶を取り戻したい!


 と考えても可笑しくはない。



「活動資金は…」


「ご入用でしたらお申し出ください、援助いたしましょう。」



 被せて言うクレア。



「城の収蔵物や書物を自由に見たいんじゃが…」


「許可を取り付けてまいりましょう。」



 また被り気味。



「寝床は…」


「個室にキングサイズのベッドをご用意いたしましょう。」



 敢えて被せた。



「食事は…」


「わたくしと同じものをご用意いたしましょう。」


 被せないと負ける気がした。



「風呂は…」


「いつでも準備が整っております。」


 最後まで被せると誓った。



「手厚いのう!天国見たいじゃ!」


「はい」



 勝った気になって満面の笑み。



「して、見返りは?」


「わたくしも同行させて頂きます。」



 数日後、最初の調査地を目指すことにした。


 初日は往路、二日目は調査、三日目は帰路の日程。


 近くに村はなく、二晩はテントで野営となる。



 これでも日程はかなり余裕を持たせている。


 お嬢様育ちで自領から出たことが無いクレアの適正判断と訓練を兼ねているのだ。



 クレアは旅慣れてはいないものの、何でも器用にこなした。


 二人だけの旅を観光気分で楽しんでさえいた。



 体力も十分にあり、料理も少ない調理器具やスペースで手早く美味しい物を作ってくれた。



 初日の野営地に向け出発した時点では、暫くこのお嬢様には手を掛けねばと考えていたノルンだが、その晩には考えを改め、明日以降の体力を温存できて助かったとさえ思えた。



 二日目の調査は空振りに終わった。


 調査対象は完全に森に飲まれ朽ち果てたのであろう、人の手が加えられた痕跡すら見当たらない。



 日暮れが近くなり、初日と同じ野営地へ帰る。



 食事を済ませお茶を入れて少しの間寛いでいた。



 ノルンにとっては調査というものはこんな物だか、不慣れなお嬢様はお気に召さなかったようでガッカリオーラでこの場を支配した。



「お主、お嬢様にしては体力があるのぉ。」


 軽く褒めてオーラ破壊の突破口を探る。



「はい、衰えない程度に鍛えております。」


 気遣を有り難いと思ったのであろう、元気はないが無難な応答で返えそうとするクレア。



「ほぉ、気付かなんだが。」


 クレアが鍛えているかどうかなど考えたことも無かったノルンは、少し驚いてしまった。



「ええ、早朝ですし。」


 その時間は爆睡しているノルンを皮肉ることもできたが、今は何となく優しくされたいクレア、仄かな笑顔をノルンに向けた。



「流石に稽古の音がすれば目覚めるぞ。」


 ノルンも普段なら皮肉が飛んでくる流れだと考えていたが、飛んできたのは、60代女性のなんとも言えないカワイイ笑顔。


 迂闊にもキュンとしてしまい、つい皮肉を言い出し易い言葉を選んでしまった。



「手足を伸ばして筋肉を解すようにゆったり動いて、静かに深い呼吸で気の流れを整えます。30分程これを続ければかなり鍛えられるのです。」


 それでも優しくされたいクレア。


 少し長めに話し、ノルンが落着いてくれることを期待する。



「ほぅ、はるか東の体術か?」


 今の話に憶えがあったノルン、落着いて話に集中。



「流石です、よくご存知で、珍しい体術なので、それで間違いないかと思います。」


 テンションは低めだが、仄かな笑顔のまま頑張って褒めてみた。



「見知った術は全て師範級まで学んだぞ、武術や体術だけではない、剣術、芸術、算術、医術、呪術までじゃ。」


 また褒められて少し気分が良くなったノルン、この場は調子に乗った方が良いと思った。



「物凄い才能じゃありませんか?」


 テンションは低めだが、仄かな笑顔のまま頑張ってもう一回褒めてみた。



「なに!所詮人並みの寿命で編出した術じゃ、才のない者でも100年修行を積めばどれも師範級になれるものよ。」


 また褒められたので、また調子に乗った方が良いと思ったノルン。



「ノルン様専用の習得法ですね。」


 諦めて会話を締めに掛かった。



「して、その体術、なんて名じゃったかの?」


 本当に思い出せないノルン。



「忘れました。」


 絶対に教えないと誓ったクレア。



「長寿の才もあるな、お主。」


 ガッカリオーラ破壊作戦大成功!

 とご満悦のノルン。



「片付けて寝ます!」


 憤怒のオーラを纏うクレア。


 この後も一切話すこと無く、早々に後片付けを済ませテントで寝支度を始めた。


 暫くしてノルンもテントに入り寝支度を始めた。



「………」


 なぜ怒っているのか分からないノルン。



「何故か分からないのですが、悔しいです。」


 正直な感情を吐露したクレア。



「すまぬ。ガッカリさせたな。」


 過剰に期待させたと反省して謝罪。



「………」


 過剰に期待していたと気付いたクレア。


「最初はゆく先々で大発見があると思うわな。気付いてやれなんだ。」


 正直忘れていたノルン。



「!」


 クレアは己の愚かさを今悟った。



「20か所、いや30箇所を巡って小さな手掛かり1つだけなんてことも間々ある。」


「!!!」


 そう、ノルンは4,000年もこれを繰り返してきた。


 なのに…



「クレア…」


「やはりお優しいのですね、ノルンさま!」


 ノルンの言葉を遮り、精一杯明るく言ったが、涙が溢れていた。


 クレアはノルンを後ろから優しく抱き胸を揉んだ。




「………揉むな!」

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