数ヶ月前

24. しょいな

 数ヶ月前、二人は出会った。



 クレアが屋敷の庭を散歩しているとノルンが降ってきた。


 クレアの少し前に「しょいな」と言いながら軽く着地した。


 着地の姿勢からスッと立ち上がり互いに顔を合わせた瞬間、二人は時が止まったかのように動かなくなった。



 クレアは目の前に立つ女性を、若く最も美しかった頃の自分が居ると思い込んだ。



 ノルンは目の前に立つ女性を、死んだ母が姿を表したと思い込んだ。



 どちらもあり得ないが、そう思わせるほどよく似ていた。


 二人の距離は5メートルほど。



 互いに混乱し、目を合わせたまま立ち尽くす。


 どれ位時間が過ぎただろうか?


 先に沈黙を破ったのはノルン。



「…母上?」


 何も考えていない状態で自然に出た言葉だった。



「はぁっ!!」


 自分の若い頃だと思っていた存在が自分を母と誤認した。


 この頃のクレアは母を「お母様」と呼んでいた。


 当時の母の年齢も今のクレアと比べて20歳位は若いはず。


 そもそも母に似ているとは言われるが、それほどでもないとクレアは思っている。


 呆然と立ち尽くす程では絶対ない。



「………」


 ノルンは未だ動けずにいた。



「………」


 クレアも動きを止めていたが、目だけは別。


 完全に冷静さを取り戻していた。


 瞳を小さくし上下左右に恐るべき速さで小刻みに動かし、相手の容姿、動き、出方を伺っている。


 不審点を見つけ出すまでに数秒を要した。


 確認のため一気に距離を詰め、徐に胸を揉みしだいた。



「なっ…ナンジャ!!」


 小走りに近づいてくる恋慕の母が子にすることは一つ。


 そう、熱い抱擁の一択なのである。


 信じて疑わないノルンは完璧に受け入れていた。


 両腕を大きく広げ母のハグを待ったが、母の両の掌はノルンの左右の胸だけをハグした。


 更にその指は信じられない動きを始めた。


 心も体も受け入れてしまったノルンは、クレアが納得し、その動きを止めるまで抵抗することはなかった。



「…やはり違うわ…こんなに大きくなかったもの!!」


 クレアの調査が終了した。



「………」


 徐々に意識が鮮明になって来たノルン。



「あなたはわたくしではありませんわ!!!」


 ノルンを指差しドヤ顔で言い放った。



「知っておるわ!!!…理由がわからん。」


 知っているのか知らないのか…


 その後落ち着いて話し合うこととなり、数週間を費やしお互いの誤解をとき、理解を深めていった。


 ノルンは太古の昔に滅んだ種族だけが使っていた、とある魔法を探しているとのこと。


 既に魔法そのものが滅んで数千年を数える。


 世間では魔法など御伽話の中だけのものだと大多数の者は考えていた。


 そんな中、とある種族だけが使っていたとある魔法など、例え見付けたとしても再現させられるとは思えない。


 だが、時間はいくらでもあるとノルンは胸を張る。


 信じられないが、ノルンは既に数千年を生きていると言う。


 まだまだ何千年でも生きて行けるそうだ。


 ノルンの母は500年で天寿を全うしたそうだが本当だろうか。


 どうやらノルンは自分の正確な年齢を把握していない。


 割りと正確に歳を数えていたが、知らぬうちに文明や国家が生まれては消えてを繰り返し、暦自体が変わったり一年の日数が変わったり、もうどうでも良くなったそうだ。


 クレアの領内にある古い文献に書かれている出来事とノルンの記憶を照らし合わせてようやく4000歳位ではないかと結論付けた。

 ブラスマイナス500歳ほどの精度だが。


 この過程でクレアはノルンが数千年を生きていると実感し確信した。

 ノルンの記憶は時に古い文献を凌駕していた。


 ある物語を読んだ時、これは脚色はあるが概ね事実であると言い出し、別の書棚からある滅びた国の歴史を記した書物を取り出した。


 この国の歴史をよく見ると約50年何も記されていない期間がある。


 その物語は空白の50年の一部なのだとか。


 歴史書としてまとめる前、その国の収蔵庫に盗賊が侵入し、数多くの歴史的、文化的、美術的価値のある物が盗まれた。


 その中に資料が詰め込まれた箱があり、資料には未整理の50年分の史実が記されていたと言うわけだ。


 その後盗まれた50年の一部が物語として伝承されこのような形になったとノルンは語った。



「ノルン様?」


 この頃にはノルンを様付けで呼んでいた。



「何じゃ?」


 ノルンも様付けに抵抗はないようだ。



「なぜこの物語だけそのようにお詳しいのでか?」


 クレアは疑問を素直に投げた。



「別にこれだけに詳しい訳では無い。」


 この物語だけの部分が気になったノルン。



「でも、この物語だけ随分熱心にお話されておりませんか?」


 へそを曲げて答えを出さないノルンに解答を促すクレア。



「ふふ、実はなぁ、この主人公。」


 この物語だけの部分が再び気になったが、熱心に話す理由がノルンにはあった。


 興味がありそうなクレアに出し惜しむように応じる。



「はい」


 出し惜しむノルンに敢えて乗っかるクレア。



「活動の拠点を幾つも持っておってなぁ」


 乗っかるクレアに更に出し惜しむノルン。



「はい、はい」


 更に出し惜しむノルンに更に乗っかるクレア。



「一つはこの屋敷のすぐ近くなのじゃよ!」


 とノルン。



「なんですと!」


 とクレア。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 それは、本当にあった。

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