23. 愛してらしたのですね

 ノルンが目立つ振る舞いを気にするのには理由がある。


 この世界には亜人種はいない。


 先の尖った大きな耳は明らかに異彩を放つ。



 幸いなのは魔族や魔物も絶滅し、今では神話や御伽話の中だけの存在だと思われている。


 その為ノルンの耳を見ても、本気で魔族や魔物と結び付ける者はいない。



 だが、差別と偏見は何処でも少なからずある。


 この世界でも差別や偏見を減らす努力はしているが国家、地域毎に温度差が有ることに変わりは無い。



 病や身体的な障害と思い腫れ物を触るように接する者も多く、これはこれで辛い。



 トラブルも避けたいし、人に気を遣わせることも心苦しい。


 故に普段は人目につかぬようにスカーフと長い髪を上手く使い隠している。



「のぉ!そろそろ宿に戻らぬか?疲れたぞ。」


 手頃な屋台で空腹を満たした二人だったが、食休みも程々に宿に戻ろうとノルンが言った。


「左様ですね、思いの他この街への到着に時間が掛かりました、今日は早めに休みましょう。」


 二人は宿へ移動を始めた。



「おおよ!今日中に到着する気がせなんだぞ。」


 移動準備中も二人の会話は止まらない。



「本当ですわ!2日の日程に5日分の仕度をして参りましたのよ。皆の言う通りでしたわ。」


 と言うクレアは上品な笑顔で店主に手を振り退店を知らせる。



「お主はワガママが過ぎるのじゃ!」


 憮然とした表情で店を出るノルン。


 笑顔で見送る店主の視線は笑顔の美魔女ではなく、不機嫌なロリババア。



「我儘など申し上げてはおりません。」


 店主の態度が癇に障りクレアの言葉に棘が生えていた。



「ワシの案内する道を拒んで別の道を選んだではないか。」


 敏感に言葉の棘を感じたが、反論を呑み込むには1,000分の1秒足りなかった。


 気不味さを隠すため踵を返すように宿に向かって歩み始めた。



「大ババさ…ノルン様が案内した方向は道ではなく暗い森と深い茂みでした。」


 ノルンの踵を返して逃げていく態度が癇に障り、大ババ様と言うNGワードを出しそうになった。


 だが咄嗟に言い直すも言葉の棘がなくなっている気がしない。


 クレアも気不味さを感じノルンを追い越すように早足で宿に向う。



「獣道があったワイ!」


 NGワードを敢えて言い直して煽り、更に冷静な言葉に仕込んだ言葉の棘がノルンにクリティカルヒットし、ほとんど怒鳴っていた。


 気不味さも頂点に達し、丁度目に入った宿の看板に向かって何故か走り出してしまった。



「獣道は獣専用です!人がゆく道ではありません。」


 屋台の店主の態度に腹を立て拗らせてしまったことに負い目を感じていたクレア。


 唐突に駆け出したノルンを全力で追う。


 そのままの勢いで宿のカウンターに駆け込み、そこにいた主人を驚かせた。



「だから5日も掛かったのじゃ!」


 5日分の用意をし、5日でこの街に到着。


 道中には村もあり宿や、飲料水にも困ることは無かった。


 順調そのもの、何故喧嘩しているのか分からなくなって来たノルン。



 宿の主人は二人の顔に見覚えがあった。黙って鍵を用意。



「だから出立前に皆も5日掛かると申しておりました。」


 クレアの屋敷を出る前、従者は、皆5日は掛かると主張していた。


 宿の主人がそっと鍵を手渡す。


 ノルンと言い争いをしながら会心の笑顔で鍵を受け取るクレア。


 表情専用に別の脳を搭載しているようだ。



「お主の周りの者は甘やかせ過ぎじゃ」


 部屋まで歩きながら話題を変えようと試みるも、気持ちまでは切り替え切られず、やや荒い物言いになってしまった。



「普通です。」


 部屋の扉を優しく開き、ノルンを先に部屋へ通す。



「かの地から出たことがないなど、普通なものか!」


 クレアが扉を閉め明かりを灯した瞬間、部屋の空気が変わり安堵に包まれた。



「わたくしは先代領主の一人娘ですわ、婿を領主に迎え入れ男女四人の子に恵まれました。皆良い子です。皆無事に成人を迎えました。次期領主の心配もなく幸せです。もういつ天に召されても良いのです。本来このような冒険は必要ありませんの。」


 二人は着ている服を脱ぎ用意しておいた湯を桶に張り手ぬぐいを濡らし、汗を拭う。


 手慣れた作業といった感じだ。



「付いて来いとは言っておらぬ。」


 お嬢様育ちのクレアが僅か数ヶ月で随分逞しくなったと感心しながら自身の身体を拭き上げるノルン。



「付いて来て欲しそうな顔でしたわ」


 身体を拭く度に揺れるノルンの胸を見ると様々な負の感情にとらわれてしまう。


 負の感情を抑えつつ自分の身体を拭き上げ早々に寝巻きに着替える。



「………」


 ノルンも寝巻きに着替えながら反論する言葉を探したが直ぐに諦めた。

 クレアの言う通りなのだ。




「わたくしはノルン様のお母様に瓜二つだとか」


 狭い部屋にある2台のベッドは隙間を開けて配置されているが壁にピタリと置いて離しても1メートルも開かない。


 二人は向き合うように腰を下ろす。



「他界する間際の母だがな」


「愛してらしたのですね」


「母だけがワシの侵した取り返せぬ過ちを許し愛してくれたからな。」


「今も愛しておられるのですね」


「…ああ」


「何千年もの間…お母様はきっと幸せにお思いですわ」


「だと良いがな…」


「寝ましょうか」


「ああ」


「おやすみなさい。ノルン様」


「………」


「また…明日」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「!!!」


 ノルンはほんの数ヶ月前の出来事を回想していたが、ベッドに忍び込むクレアの気配で現実に戻された。


「………」


 クレアの手がノルンの胸を弄る。


「………揉むな!」


 数ヶ月前とは違い愛情のある揉みざまだが、もしやクレアも同じことを考えていたのではないかと思い少し微笑んでいた。


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