冒険の準備

9. 油断を感じたのですか?

 9歳のフレイ。


 史跡研究所が開所して半年が経とうとしていた。


 フレイの魔力制御は順調に上手くなっている。


 以前より更に細かく出力できるようになっていた。



 研究所の4人は今日も朝から道場で稽古中。


 稽古はフレイが仕事の一環として命じたことなので、しっかりお給金が支払われる。


 それもあってか、カーラとスリマの成長は著しく護身目的であればもう充分に上達していると言える。


 当初、稽古で疲労困憊の二人をエルルとフレイがサポートしていた。


 エルルが食事や風呂の支度を手伝い、フレイが馬車で送迎していたが、そんなことは最早不要。


 今では足腰の鍛錬として走って研究所と道場を往復している。


 更に、数日前からは毎日通う必要もなくなり今は週に2〜3日程度としていた。


 エルルは稽古不足を感じ、道場へ行かない日は研究所の庭で自主トレーニングを始めた程だった。


 ここ半年のフレイは明らかに腕を上げている。


 それは周りの者の評判でもよく分かる。


 最近では稽古に来る騎士がフレイに手合わせを願い出る程になった。



 9歳の第三王子は騎士相当の剣技を持つ。


 確かにこれでは評判になって当たり前だ。



 騎士の魔力は一般人のものと大差はない。


 それでも一般人とは倍以上の実力差ができる。


 勿論、日頃の訓練の賜物なのだが、中には微妙に魔力をエルルのように操作している者もいる。


 やはりそのような者でも意識して操作している者はいない。


 ただ、強い。


 エルルとは比べるまでもないが、一般の騎士と比べれば本当に強い。



 しかし、エルルのように一点に集中したり纏ったりする者はいても、フレイのように出力を制御する者は見当たらない。



 そのように強い者と手合わせする時のフレイは魔力出力を4倍くらいに設定してから加減する。



「フレイ殿下、私と手合わせ願えますか?」


 今日も一人の騎士が手合わせを願い出る。


 第一騎士団所属と名乗っていた。


 第一騎士団は近衛騎士も在籍する先鋭部隊。



「勿論です、願ってもない。」


 快く承諾するフレイ。


 その名に覚えがないので近衛騎士ではなさそうだ。



「誰か審判を頼めるか?」


 騎士の依頼を誰も応じようとしない。



「お前達の審判を自身を持ってできる者は、エルル位だろう?」


 師範が察して間に入る。



「師範、申し訳ありませんが…私は後学のため観戦したいと思います。」


 エルルが言うと、辺りがどよめいた。


 エルルにとってこの手合わせには学ぶことがある。


 このことに周りは驚いていた。



「いいだろう、俺がやる。」


 師範が審判を勤めることとなった。



「「お願いします。」」


 騎士とフレイが同時に言った。



「はじめ!」


「「ヤーーー!」」



(手強い相手みたいだから、いつもより少し多めに魔力を出そう。)


 フレイは不意を打たれないように多めに魔力を調節して徐々に減らして相手に合わせる。


 手合せの時はいつもこうしていた。



「殿下、本当にお強くなられた!」


 騎士が褒める。



「………」


 フレイは強さが釣り合う位まで魔力を絞る。



「そこまで!」


 師範が止める。



「「ありがとうございました。」」


 結果はフレイの負け。


 花を持たせた訳ではない。


 魔力を絞りつつ相手の力量を探っていたら絞りすぎてそこをすかさず突かれて負けた。



(凄い、恐らく普通の4倍位の強さがあった。人並みの魔力でも鍛錬でここまで強くなれるのか。)


 フレイは感心した。



「お見逸れしました、殿下、序盤は勝てるとは思えませんでした。一瞬、油断したように感じましたが、何か気が散るようなことでもありましたか?」


 騎士が感想を言う。



「油断を感じたのですか?」


 この騎士はフレイの魔力が相手を下回った瞬間、油断したとは感じたようだ。



「ええ、あの瞬間を逃したら負ける気がしました。」


 騎士の直感だったようだ。



(鍛えると魔力を直感できるのか?)


 フレイは魔力を認識できる者はいないと思っていたが鍛え方によっては感じたり操作したりできるようだと認識を改める。



 この騎士と同じ感覚を当然エルルも持っている。


 エルルはフレイと騎士の手合わせをジッと観察していた。



(やはり変、殿下の実力そのものが下がっていた気がする。)


 エルルは魔力をその人の実力のように感じているようだ。



 そのように感じている者の前で魔力の出力を下げれば実力そのものが下がったように感じても頷ける。



 その後、小一時間程稽古を続けて午前の稽古は終了。


 午後は4人とも研究所で過ごす予定。



 4人が道場を後にすると師範がすぐさま声をかけてきた。



「殿下、つい先程王宮から通達がありました。お忍びでの外出の際の護衛ですが、本日の只今をもって不要とのことです。」


 師範が嬉しそうに伝える。



「えー!!そんな!急に!」


 驚くフレイ。



「「「おめでとうございます!」」」


 エルル、カーラ、スリマの3人が声を揃えた。



「あ、ありがとう。」


 戸惑うフレイ。



「さっきの騎士さんと俺が話して直ぐに二人で王宮の担当に頼んだんですよ。」


 王都内を早く護衛なしで歩きたい。


 この思いでフレイが今まで努力してきたことを師範は知っていた。



「そんな感じでいいのですか?」


 フレイはまだ戸惑っている。



「本当は試験官二人を用意して試験を実施した上で合否を判定する決まりなんですけどね。」


 師範はなかなか強くなれ無くても諦めること無く努力を続けたフレイを知っていた。



「ですよね~。」


 フレイは正規に試験に合格していないことに罪悪感を感じていた。



「殿下の強さは皆知っていますから、先程の手合わせで十分って話になりまして。」


 強い気持ちがあれば、いつか強くなれることを見せてくれたフレイを師範は弟子の手本のように感じていた。



「いいんですか?」


 フレイの罪悪感は消えていない。



「俺もさっきの騎士さんも試験官の資格を満たしているので。」


 フレイの雰囲気を感じて何処か説得じみてきた師範。



「そうなんですか。」


 今なら、いつ試験を受けても合格する自身があるフレイは正規の手順を踏むべきとすら考えていた。



「そんな訳で、おめでとうございます。」


 師範の心、弟子知らず。



「ありがとうございます。」


 取り敢えず受け入れることにしたフレイ。



「研究所でもお祝いしましょう。」


 スリマが提案する。



「早速護衛なしで研究所まで行かれるのですか?」


 カーラも乗り気。



「自室で所要を済ませて、早速護衛なしで研究所へいくつもりです。」


 フレイも早く護衛なしで研究所へ行きたくなっている自分に気付く。



 エルル、カーラ、スリマの3人は王城で働く者たちが使う食堂で昼食を済ませた。


 食堂を出てカーラとスリマは、そのままお祝いのための買い出しに向ったが、エルルは先に研究所に帰ることにした。


 研究所に帰ったエルルは庭でフレイと騎士の手合せを振り返っている。


 最初に騎士の動きを極力正確には真似て、次にフレイの動きを同じように真似た。


(やはり…)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る