8. 大浴場は混浴
フレイ9歳の年、正確には8歳と11ヶ月。
王宮内の自室で夕食を済ませ机でフレイはぼんやりと考え事を始める。
フレイの目標の一つだった詳細な魔力の出力制御が形になり、一般人の約半分の魔力から半分単位で出力を調整できる。
ただ、大きな疑問があった。
エルルの魔力は一般人の約2倍。
しかしその実力は2倍や3倍ではない。
フレイが人の2倍の魔力を出力しても、おおよそ2倍程度の実力しか出そうにない。
疑問の答えは、エルルの魔力制御は一点に集中したり身体の一部を纏うように操ったりしていたからだったが、これには流石のフレイも舌を巻いた。
(こんなことできる気がしない!)
これがフレイの第一印象。
無意識にこれをやって退けるなど、とんでもない逸材がいたものだ。
以前から妙な使い方をしていることは気づいていたが、実際にやってみるとその難易度は計り知れない。
脱帽の一言。
フレイの目標は詳細な魔力の出力制御。
これはエルルでもできない。
と言うより手加減すればいいだけなので意味がない。
フレイは
この技は中長期的な目標として取り組むことにした。
元々出力制御の訓練は、エルルと手加減なしで対等に稽古するために始めた。
魔力を出し惜しみしていることが既に手加減なのだがエルルの技術を学ぶためにもフレイにとっては必要なことだった。
当面は同じ倍率で無くとも調整してエルルと対等な出力を探せば良い。
更にフレイはこれからもより微調整ができるように鍛え、周囲の者に強さを認めさせたいと考えていた。
本来、周りに強さを認められることを望んでいなかったフレイだったが、この取組を始めて気付いたことがあった。
お忍びでの外出の時に同行する護衛のことである。
同行すること自体は気にならないのだが、出発前に護衛を呼び出したり、出発直後のルーティン等を煩わしく感じ始めていた。
護衛の者たちにも気の毒で頻繁に出る気になれない。
15歳を過ぎれば原則護衛が同行しなくてもお忍びで外出できるが、待てる気がしない。
その時に、強さが認められれば15歳未満でも護衛を同行せずにお忍びで外出しても良いという決まりを思い出した。
(この決まりを魔力の出力を調節してクリアすればいい感じになるのではないか?)
普段は弱いフレイがこの時だけ余裕で合格しては、いかにも怪しい。
魔力を調節してやっと合格した雰囲気を演出すれば不自然さが無くなると考えた。
そんな訳で暫く0.5人分の出力で稽古して、周囲に少しは強くなったことをアピールする所から始めることにした。
道場でも突然強くなっては怪しいので、徐々に強くなるつもりでいる。
(それにしても神同等のチート能力を随分地味に使っている気がする。)
世界を破滅させる力を持つ者が、0.5人分の魔力を出力するとか、もっと細かく制御するとか、
その理由は護衛なしで外を歩きたいから。
思考の沼にハマるとはこのことかもしれない。
数カ月後
やっと史跡研究所が完成した。
王城から東へ2km程離れた緑が豊かな場所にある。
研究所は母屋、実験棟、屋外実験場の三つの施設からなる。
母屋の一階は研究室が3部屋、大浴場、キッチン、応接室、寝室とトイレがあり、二階は居住スペース。
住み込みで働く者の住まいとなる。
大浴場は混浴だが全裸は禁止。
湯浴み着の着用が義務。
実験棟は頑強な作りで、大きな実験室が二部屋だけ。
普段通っている道場より二周り位大きい部屋が2つある。
屋外実験場は半径20メートルのクレーター。
母屋と実験棟からは200メートル程離れている。
史跡の研究施設に実験棟や実験場があるのは奇妙な気がするが古代の建物や暮らしを再現する名目で建築の許可を取り付けた。
本当はフレイの魔法を実験するためにこれらの設備はある。
なので、屋外実験場は何故か耐爆仕様。
誤爆があっても熱線や爆風が横に広がらない。
全て上空へ飛散する設計になっている。
史跡研究所の所長はアース。
名誉所長はフレイ。
この二人は同一人物。
助手はカーラ。
メイドはスリマ。
警備はエルルが担当する。
3人を呼び寄せたのは当然フレイ。
全員王宮の従業員用の四人部屋で、住み込みで働いていたので、研究所の条件を話したら二つ返事で引き受けてくれた。
研究所はかなり高待遇。
3食と個室を完備して給金は前職の3倍。
就業時間は午前10時出勤、午後5時退勤。
ただし、給食担当のスリマは除く。
時計は一般人では高価すぎる。
日時計が基準なので正確な時間に出退勤する必要はない。
風呂も全員利用可能。
ただし、入浴時間は風呂炊き担当のスリマに任せる。
しかもこの世界ではあり得ない週休二日を導入した。
週に一日の休みがあれば多いこの世界、3人の驚きは計り知れない。
エルルとスリマが休暇を取得する時は、王宮から代役の派遣を要請する。
勿論、派遣要請に応じてくれた者には日当としては破格の額を進呈する。
フレイは有給休暇まで導入する予定だったが時代に合っていなかったらしく3人とも休みが多すぎると断わった。
(真面目なのは何よりだが……)
ちなみにこの星も1年は365日で一週間は7日、1日は24時間で1秒も体感的には同じ。
(案内人はパラレルワールドのようなものと言っていたからパラレルワールドの地球に転生したのだろう。月も一つだし。)
高待遇には理由がある。
3人には守秘義務が課された。
ここで知り得た情報を外部に漏洩してはいけない。
更に、エルル以外の二人には毎日、道場に通ってもらう。
数日前に3人の引っ越しが終わり、フレイと話す機会を設けた時、カーラとスリマは剣術も体術も護身術すら経験がないことが判明。
その二人を危惧して道場に通ってもらうことにした。
様子を見て回数は減らす。
フレイは1〜2年後には王都の外に遠征しようと考えている。
その時の体力作りと自衛が目的。
フレイ自身もそれまでに王都の外へ出る許可を取り付ける必要がある。
今は王都内でも護衛が必要。
各自と話し合い現状を踏まえた結果こうなった。
朝、エルルが研究所の玄関近くで警備をしている。
「おはようございます。」
玄関前の馬車寄せで馬車を降りたフレイが二人の護衛を伴って元気に出勤。
「おはようございます。」
エルルが挨拶を交わしフレイと研究所に入る。
ここからは、二人の護衛に門番をお願いする。
門と玄関の間は約二十メートル。
「「おはようございます。」」
カーラとスリマが声を揃えて挨拶しながら近づいて来る。
「おはようございます。それでは参りましょう。」
改めてフレイが挨拶し、3人を伴って
素早くスリマが玄関を施錠し4人で馬車に乗り込む。
護衛二人が御者台に付き馬車を走らせ到着したのはエルルとフレイには馴染の道場。
フレイの目的は護衛なしで外出するため。
カーラとスリマの目的は体力作りと自衛のため。
エルルは一人で留守番をするのなら稽古をしたいと同行した。
研究所は、もぬけの殻。
フレイは護衛を伴い研究所へゆき、馬車を走らせ3人をピックアップして道場へ移動した訳だ。
(どうしてこうなった?)
研究所の本格稼働は遠い。
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