7. 好きなんだと思う

 8歳のフレイ。



 研究所の建設計画は、終盤に差し掛かっていた。


 母屋、実験棟、屋外実験場は完成し家具や設備の設置も完了。


 上下水道の整備と人員配置を残すだけとなっていた。



 などと考え事をしているこの場所は宮殿の浴室。


 スリマがアースの背中を洗っている。



 第三王子専属風呂番のスリマ。


 第三王子専属風呂番だが、第一王子、第二王子の専属風呂番などはない。

 普段は一般の侍女と同じ仕事をこなす。



 スリマは十代後半、長身のナイスバディ。

 胸は大きく身長相応のたわわ感。


 フレイが入浴する時だけこの肩書が発揮される。


 しかも人手が不足すれば、他の王族の風呂番も務める場合もある。


「殿下のお肌はいつもお綺麗ですね。」



「そうなの?」


 肌など気にしたことがなかったフレイ。


 今でも剣術稽古の前には持続するタイプの防御魔法をかけている。

 そのおかげで傷やあざがないことを、スリマは暗に言っているらしい。



「ええ、殿下の兄上様はお二人共、剣術稽古でアザだらけだと聞いています。」


 スリマはある噂を聞いていた。

 聞いた話では、フレイは努力してはいるが強くなれずに悩んでいるらしい。


 手合せを避けているため、アザがないのでは?

 と気にしていた。



「僕は弱いから皆が手加減してくれるんだよ。」


 魔力制御は最優先で訓練しているが、まだ一般人3人分まで抑えることが精一杯。


 それ以下まで抑えようとすると、フレイの魔力はOFFになる。

 なので今でも魔力を使わずに稽古している。



「そんなことはないと思いますよ!」


 スリマは、以前エルルがアースと手合わせした時の話を思い出した。



「どうして?」


 一瞬、魔力を隠していることをスリマに気付かれたかと疑ったフレイ。



「この間エルルが『殿下は近い将来世界一の剣士になる』と言っておりました。」


 とスリマが言う。



「冗談でしょ!」


 フレイは驚く、魔力に気付いた可能性がある者はエルルだった。



「剣術で冗談を言う子ではありません。エルルは自分の強さを自覚しいます。なのに殿下にだけはつい本気を出してしまった……と言うことなのでしょう。」


 スリマはエルルと知り合って約2年、これくらいは知っているつもりでいた。



「あぁ……」


 スリマの言う通り。



「2年位前にエルルが殿下を壁にぶつけてしまった時なんか顔を真っ青にしてガタガタ震えながら怪我されていないか心配していました。」


 当時スリマは、エルルが可哀そうなくらい怯えていたので、今更なのは分かっているが、つい伝えてしまった。


 確かにそれ以降エルルとフレイは手合わせをしていない。



(第三王子でも怪我をさせたら大問題になるよね。今更だけど怖い思いをさせてしまった。)


 本当は、普通なら死んでいる威力で急所に入れたのに死んでいないフレイ、それと迂闊にも手加減無しで人に拳を向けた自分に恐怖していたエルルだったのだが。



「アザも怪我も無いことを伝えたら失神して…」


 エルルが失禁していたことは秘密にしたスリマ。



「そんなことがあったんだ。」


 回避できない事故だったが良心が痛むフレイ。



「その頃からエルルは殿下に心酔し始めたと聞いています。」


 スリマはこのことにも興味があった。



「心酔?」


 フレイは何も知らない。



「ええ、エルルは普段は物静かなのですが、殿下のこととなると良く話すのです。」


 スリマはエルルがフレイに好意を抱いていると勘ぐっていた。



「ところで、スリマはエルルと仲が良いの?」


 図らずも、はぐらかす形となったが、フレイは気付いていない。




「ええ、この時に知り合いました。」


 はぐらかされたスリマは、フレイが嫌がっていないと判断した。



「ん?…エルルは、なんで僕の身体のことをスリマに聞いたの?僕のお風呂番がスリマって知っていたってことでしょう?」


 フレイはお風呂番のことを全くと言っていいほど知らない。



「あの…私は王城の中で少し有名になっておりまして…それでエルルも知っていたのかと…」


 スリマの様子が変わった。



「???」


 なぜ言いづらそうにしているのか気になるフレイ。



「………」


 黙ったままフレイの後頭部を見たスリマ。



「なんで有名になったの?」


 急に振り向いたフレイ。


 二人の顔の間は10センチ、ハプニングキス寸前の距離。



「…王子殿下専属のお風呂番は建国以来初のことだそうでして…」


 スリマが少し離れてフレイに向き直るように促す。



「そうなの?」


 フレイは素直に従い向き直る。



「以前私が休みを頂戴したとき他の侍女の風呂番を断ったとか。」


 スリマが休み明けに聞いた出来事だった。



「あぁ、あの時は自分で身体を洗った、スリマ以外に裸を見られたくないんだ、恥ずかしくて。」


 フレイは自分で洗うからと一言言っただけ。



「あと、殿下は普段、誰にも丁寧な話し方をされていますよねぇ。」


 スリマが普段から気にしていることを聞いた。



「うん。」


 確かにそうしている。



「ですが、私には、より砕けた感じでお話しくださいますので、周りの者が私を暫くフレイ殿下の専属にすることを提案しまして。」


 今は以前ほど気にならなくなったが当時は悪く言われることもあったスリマ。



「そうなんだ。」


 フレイは5歳からの惰性だせいくらいの感覚。



「…お嫌でしたら何時でもお申し出ください。」


 本気ではないスリマ。



「そんなことないよ。僕の方こそ、いつもありがとう。恥ずかしい思いをしなくて済む。」


 フレイの本心。



「…あの、なぜ私にお話しくださいます時は話し方を変えていらっしゃるのですか?」


 思い切って聞いてみることにしたスリマ。



「うーん?」


 フレイは考える。


 惰性だけではない、家族のような感情も感じているがそれだけでもない。



「………」


 答えを待つスリマ。



「分からない!」


 考えたくなくなったフレイ。



「………」


 コケそうになりながら、もう少し待ってみるスリマ。



「…でも、好きなんだと思う、スリマのこと。」


 人として?家族として?女性として?


 どれなのか、どれでもないのか、ただ好きなコトは間違いないと思ったフレイ、素直に口にした。



「おたわむれを。」


 スリマは常套句じょうとうくで返す。



「そんなことないよ!」


 常套句が気に入らなかったのか、自分が思っている以上に強く言ってしまったフレイ。



「タダでさえ色々な噂が立っております、お気を付けくださいませ。」


 スリマは大人の世界を匂わせる言葉を選んだ。



「良くない噂?」


 フレイも何となく理解した。



「私は光栄なくらいですが殿下には良くないかも知れません。」


 にごすスリマ。



「ならいいよ。」


 自分でも子供臭いと思うフレイ。



「………」


 待つスリマ。



「………」


 待つフレイ。



「…失礼致します。」


 スリマが先に動く。


 優しくフレイの背中を抱いた。



「………」


 待つ…のではなく話せなくなったフレイ。



「…それでは…殿下が成人されても尚、そのお気持ちに変わりありませんようでしたら、その時はめかけにでもしてやってくださいませ。」


 大人の対応を選んだスリマ。



「うん。それまで結婚しないの?」


 子供のフレイ。


 転生前の年齢を今だけ捨てた。



「…その時はご容赦ください。」


 フレイの頬に優しくキスをするスリマ。





 子供によくある大人の女性への憧れだったのかもしれない。

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