6. イニシアチブ

 7歳のフレイ。



 研究所の建設計画は、何とか着工することができた。


 現在フレイのやることは時折打合せで進捗や問題などを話し合う程度となった。


 今後は家具、機材や人の調達など多岐にわたるが完成の目処が立ってからでも構わない。



 こんなことを考えながら王宮の図書室に到着したフレイ。


 早速、魔法に関わりそうな本を物色している。



 フレイはここで読書に勤しむことが好きだった。


 この図書室の雰囲気、調度品、明るさ、匂いに至るまでフレイの好みに合致していた。



 めぼしい本を捜し出し、いつもの席で読み始める。



「今日も魔法のお勉強ですか?殿下。」


 図書室司書のカーラが声を掛ける。


 この時カーラの歳は十代前半、身長は年相応、華奢な体躯で薄い青の髪を肩の辺りで切り揃えている。


 切れ長の眼に黒い瞳、肌の白さが特徴。



「はい、魔法だけではなく魔族や魔物がなぜ滅んだのか、興味がありまして。」


 この世界で魔法を使える者はフレイだけ。


 これだけは譲りたくない不文律。


 フレイの理想に最も近いこの世界を魔法は簡単に破壊すると考えている。


 だが、転生してみれば僅かだが人も魔力を持っている。


 しかもその量は個人差があり、エルルのように一般人の倍も持つ者もいる。


 しかも魔力操作の技術を磨けば実力を何倍にも引き上げることができる。



「殿下は魔法が実在したとお考えで?」


 カーラは予てより聞きたいと考えていた質問を思い切ってフレイに投げてみた。



「はい、魔法、魔族、魔物全て実在したと思います。」


 フレイは転生直前に案内人から魔法が実在したことを聞いているが、この世界では本気で魔法の話をすると変人扱いされかねない。



「えっ、全てですか?」


 カーラは驚いた。


 魔法が実在したとすれば、それを使う魔族は存在したとカーラも思うが、魔物が実在したとは思えない。


 神話や古代の文献でも魔族は人型だが、魔物は異形で表現される。



 数万年前の人骨の化石あるが、魔物の化石は聞いたことがない。


 人骨の化石も魔族の物かは怪しい。



 魔法が滅んだ年代は判明していないので、更に古い地層には魔物の化石があるのかもしれないが、出てきていない以上魔物が実在したとは考えにくい。



「全てです、しかも魔法は人類も使えると考えています。」


 フレイの魔法はチートなので除外しても、微量だが人も魔力を持ち、エルルのように細く制御する者が存在する以上使うものが現れてもおかしくないと考えている。



「人もですか?」


 カーラにとっては驚くべき仮説だった。


 更に驚愕の表情を深くした。



「ええ、古代の人類が使えたかは知りませんが。」


 フレイの仮説は今の人類から得た物だ。



「使えた可能性もあるとお思いで?」


 驚愕したままのカーラ。



「正直に言えば分かりません、ただ魔法を使えた魔族が死に絶えて、使えなかった人類が生き延びたのはどうしてなのか?興味深いと思いませんか?」


 フレイもこの辺りの仮説は持ち合わせていない。



「確かに不思議ですわ、魔法を使える魔族の方が人より弱かったでは少し不自然です。」


 感想を伝えるカーラ。



「そうなのですよ。」


 フレイも同意。



「人が魔法を学んで魔族を滅ぼしたと考える方が自然かもしれません。」


 カーラも考える。



「ええ、可能性はあると思いますがその場合は現代まで魔法が伝わらなかったことが解らないのです。」


 魔法で魔族を滅ぼした後に、魔法を危険視した人類が封印したなど幾つか仮説を立てたが、どれもしっくり来ない。



「あぁ、その場合は現代まで魔法が伝承されていたに違いないと?」


 カーラも納得。



「はい。…それともう一つ。」


 フレイが危惧するもう一つの未来を語りだす。



「もう一つ?」


 カーラは不思議そうに聞き返す。



「例えばですが、魔法を人が使えて現代に復活させたなら?」


 フレイの仮定1。



「………」


 カーラは聞き続ける。



「強力な魔法、殺傷能力がある魔法を手にしたなら?」


 フレイの仮定2。



「軍事利用!?」


 驚くカーラ。


 7歳の王子は魔法で戦争を起こす気なのかと一瞬青ざめたが、そんな雰囲気は感じない。



「威力によってはできてしまいます。」


 実際、フレイの魔法は簡単に軍事利用できるし、敵対勢力を一瞬で消すこともできるリーサル・ウェポン。



「殿下は魔法を使った戦争が起こるとお考えで?」


 神話の中だけの物かもしれない魔法でここまで考えると、流石にオカルト感が出てくるが何処か気になるカーラ。



「はい、杞憂であればそれで構いません。」


 フレイはまだ真面目に話している。



「………」


 カーラはフレイが気にしている何かに気づき始めた。


 おそらく戦争を起こすのではなく回避するために研究しようとお考えなのだと。



「ただ、復活が不可能なことと、復活可能だったら人が使用できないことを確認しないと物騒だと思っています。」


 フレイが気にしていることは他者が魔法使用すること。


 その結果、自分の理想に最も近いこの世界を破壊されること。


 それだけは許せない。



 なぜならフレイは不死、死んで輪廻に帰ることはない。


 どんなことがあってもこの世界に留まる。



 それ故、理想に最も近い世界を守り続けないと快適に過ごせないと考えている。



「物騒、ですか?…まさか世界の軍事バランスが劇的に変わるとまで?」


 引き気味のカーラだったが、将来国の政を担う人物特有の考えだと思い再び感心した。



「はい、一応…」


 軍事バランスを考えていることは事実だが、自身の快適ライフのためなので、照れくさそうな表情で話したフレイ。



「…壮大なお話しで感服いたしました。」


 率直な感想を述べるカーラ。



「お恥ずかしい、子供の妄想です。」


 ドン引きされていないか気にするフレイ。



「あの、わたくしも魔法は実在したと考えておりますの。」


 恥ずかしそうなフレイを見てフォローしようとするカーラ。



「………」


 カーラが引いているように見え、言葉が出ないフレイ。



「ですが…世界の軍事バランス崩壊までは考えが至りませんでしたわ。」


 フォローのつもりのカーラ。



「いや、スミマセン。」


 トドメを刺された気持ちのフレイ。



「…それで研究所を起ち上げられたのですね!」


 フレイに謝らせてしまい慌てて持ち上げようとしているつもりのカーラ。



「はい…まあ。…他国で先行されたら脅威だなと思いまして…」


 恥ずかしくて早く話を終わらせたくなってきたフレイ。



「そこまでお考えで!…こちらが先行してイニシアチブを取ろうと?」


 良く分からなくなってきたカーラだが、心から感心したことも間違いのない事実だった。

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