5. 肺が変形
6歳のフレイ。
普段は古代魔法の研究所建設計画に心血を注いでいる。
計画当初、周りの反応は思わしくなかった。
太古の昔に廃れた魔法を研究する施設を国が建てる訳である。
現代日本で国立魔法研究所の建設案を突然出せば、即座に廃案だろ。
これと同じ感覚だ。
発案はフレイが5歳の時。
当然だが、5歳の第三王子の
結局、正規の手続きを
最終的に国の事業として、日本で例えると、文化庁の文化財保護を司る組織の更に下の下にある部署を強化する名目で研究所の新設を文化庁長官が提案し、その初代名誉所長として当時5歳の第三王子が就任する形にした。
現在は『史跡研究所』の建設と名を改めた。
各地の史跡を巡り学術的な調査を目的としている。
勿論、これは表向きだ。
『史跡研究所』の名を借りて古代魔法の研究を目論んでいる。
名前がフレイの好みではないがこの際目を
ここまでやると、国の事業の後ろめたい部分を隠すために、第三王子をマスコットキャラクターとして扱ったように見えたらしく、フレイは周りの者から同情すらされた。
しかし、これらの全てはフレイが仕組んだ筋書きだった。
ステークホルダーの在籍する組織に視察と称して足繁く通いロビー活動に励んだ。
5歳の身で。
前世でこんなことをしていたかと聞かれれば『否』なのだが、最後は魔法で何とかできると考えていれば割と上手く事が運んだ。
現在は、計画案が纏まり着工に向けての準備中だ。
建設業者の選定や設計など、着工までにあと半年程必要らしい。
フレイは延々とこんなことを考えているが、今いるこの場所は、王城内にある道場。
稽古に励んでいるつもりだったが、研究所のことが頭から離れない。
「フレイ殿下、身が入っていませんよ。」
当然、兄弟子に注意される。
ここは剣術道場だがここで教える剣術の根幹には体術があるらしく、基礎練習は体術に由来する物が多い。
ここに来る者の殆どは王城の警備や警護の任に付く者だが稀に侍女等も護身術を学びに訪れる。
ここにはフレイお気に入りの女子が一人いる。
その子の名はエルル。
騎士の見習いとしてここで修行している。
美しい黒髪ロングヘアーを稽古の時にはポニーテールにしている。
この時のエルルは十歳前後、同年代と比べると高身長。
体型は細身だが引き締まった体に長い四肢。
アジア系の顔立ちで切れ長の目に黒い瞳、低い鼻と典型的なアジアンビューティー。
性格は優しく頼まれたら断ることができない。
優しさ故に人を優先してしまい自分のことを後回しにしがちで困ることも多い。
かなりの美少女だがフレイの興味はそれだけではない。
エルルの持つ魔力の量は一般人の倍程もあり、魔力の制御も上手く、その技術を剣術や体術に乗せて実力を遺憾なく発揮している。
その強さは凄まじく本来の実力を数倍にも引き上げている。
ここまで強いと師範ですら手加減しないと怪我を負わせてしまう。
ただ、エルル本人は日頃の稽古の賜物と本気で思っていて魔力が介在しているとは全く考えていない。
師範の教えで実力が上がっていると実感しているらしく、エルルより強いとか弱いではなく師範のことを尊敬している。
フレイもエルルの緻密な魔力制御能力に興味を持っていた。
フレイの持つ魔力に比べればエルルのそれは極微量。
エルル程の魔力でこれだけの実力を発揮するのであれば、フレイが出し惜しみせずに魔力を使えばどうなるか判らない。
この道場でのフレイの裏目標は魔力出力の詳細な制御と考えている。
エルルと同程度の魔力出力で手合せしたいと考えたことが発端だった。
しかし、それはフレイの魔力の総量からすると、数万分の1単位で出力を制御する感覚だった。
ちなみに今は十数段階くらいであれば調整可能だ。
(まだまだ、頑張らないと。)
魔力を使わないフレイは極めて弱い、
だが、それは仕方がない。
普通の人間は魔力の調整は愚かON/OFFもできない。
恐らく魔力をOFFにした数秒後に他界するし、そもそも魔力を認識すらしていない。
エルルでもそれは同じ。
魔力をOFFにしても生きているだけでなく
流石は不死。
元より殆どの人は手加減くらいはできるのだから魔力で調節する意味などない。
同じ条件でエルルと手加減なしの手合せをしたいと思ったことから始まった単なる戯言だった。
図らずも、程なくしてエルルから手加減なしの一撃を貰うことになる。
エルルが体術の模範試合を行うと聞いて観戦することにしたフレイ。
「エルルさんの試合、見ていてもいいですか?」
フレイがエルルに声を掛ける。
「もちろんです、殿下。」
エルルは嬉しそうに返事をする。
試合が始まった。
(動きに無駄が無くて奇麗だ。)
当然手加減しているエルルだが、その中でも無駄な動きを省く努力をしている。
フレイは感心した。
「ヤ!」
エルルは動きを見極め相手の欠点を伝えるように一瞬で懐へ入りみぞおちへ一撃。
当然寸止め。
(早いな〜、一瞬で相手の懐に入ってみぞおちへの一撃かぁ。)
フレイは素直に感心し拍手をしていた。
「今度は殿下の番ですね、私も拝見しても構いませんか?」
エルルは笑顔で声を掛けた。
「はい、気付いた事があったら教えてください。」
フレイの練習試合が始まった。
(動きに無駄が無くて凄くキレイ。)
エルルの感想もフレイと同じものだった。
「ハッ!」
フレイはエルルの動きを真似てみたが、難なく
(アレ?なんでだろ?)
エルルからすると、フレイが勝ったと確信するほど完璧な動きをしていた。
「参りました。」
フレイが降参する。
(確実にみぞおちを捉えていたのに返された。なんで?)
エルルにとっては何か解せないでいた。
「おかしいなぁ?勝てると思ったのに。」
フレイも魔力なしで一度は勝ってみたいと思っている。
真剣に勝負に
「確かに妙です。確実にみぞおちを捉えていたと思いましたが、返されてしまいました。」
エルルが率直に伝えた。
「やはりそうですよねぇ?」
フレイも真剣に考える。
「手合せ願えますか殿下?」
エルルは取り敢えず拳を交えれば解ると思い、手合せを申し出た。
「こちらこそお願いします。」
フレイも歓迎した。
「「ヤー」」
二人の手合せが始まった。
(やはり変!完璧なのに!何故か全部返せる!手を抜いているようにも見えないし……)
エルルはフレイの攻撃を交わしながらフレイの持つ違和感を真剣に考えていた。
「ハッ」
とフレイは攻撃を加える。
「殿下の動きは確かこう。アッ!」
エルルはフレイの動きを回想し正確にトレースしてみた。
エルルの拳は手加減なしで正確にフレイのみぞおちを貫いた。
「グゲッ!」
おかしな声が出た。
でも、問題はない。
痛いのが嫌いなフレイはいつも稽古の前に、暫く持続するタイプの防御魔法をかけていた。
この魔法は受けたダメージを瞬時に消し去る。
しかし体重が増えたり身体が硬くなったりはしないので強い力で肺が変形すれば変な声も出るし、体は普通に吹っ飛ぶ。
「キャー!殿下、済みません!大丈夫ですか?」
エルルは殺ってしまったと思い、一瞬で脂汗が吹き出し恐怖した。
エルルの拳で吹っ飛んで背中から壁に激突した第三王子を追いかけるように走り出し生死を確認しようとしたが……
「大丈夫、大丈夫!凄い一撃でした。」
身体にはダメージがないので極自然に立ち上がるフレイ。
「ほ、本当に大丈夫ですか?…ももも申し訳ございません。」
平身低頭で許しを請うがエルルは更に恐怖していた。
エルルの放った拳は人の急所のみぞおちを的確に捉えていたし、その手応えも十分に殺ってしまっていたからだ。
大丈夫なはずがないのである。
普通の6歳、いや人間なら確実に死んでいる。
本来ならフレイが生きていたことに安堵しても良いが、安堵感は微塵もない。
「アハ!気にしないでください、何とも無いので。」
フレイはこのことが大事に至らないようにことさら笑顔で無事をアピールした。
このアピールがエルルの恐怖に拍車を掛けた。
ガタガタと震え始めるエルル。
(この御方は本当に人なの?)
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