10. 壊れてもいいです!
フレイは所要を済ませ王城を出ようとした。
「おめでとうございます、殿下。」
王城の門で声を掛けた男は父役の護衛だった。
既に護衛が必要ないことを知っているようだ。
「ありがとう、父さん!行ってきます。」
軽い冗談を言うフレイ。
「アハハハハ、行ってらっしゃい、アース。」
街で使う偽名で呼ぶ父役。
これからも王城の外ではアースで通す。
「機会があったらまた護衛をお願いします。」
必要な時はいつでも護衛を頼めるのでこう言っておく。
「承知致しました。」
父役も快諾。
王城の門を潜り街へ出たアース。
(この開放感がたまらない!)
アースは研究所までの道のりを散策しながらゆっくりと楽しんだ。
研究所に到着すると、庭でエルルが稽古をしていた。
「戻りました。」
アースがエルルに声を掛ける。
「おかえりなさいませ、アース様。」
エルルが稽古を止めて近寄る。
「精が出ますね。」
年寄臭いアース。
「いえ、気になることがあったので。」
エルルはカーラとスリマと分かれて先に研究所に戻っていた。
「気になること?」
アースも気になる。
「はい、お待ちしていました。」
エルルが気にしている相手はアース。
「僕を?」
少しドキッとしたアース。
「はい、お願いがあります。」
エルルは意を決する。
「何でしょう?」
アースも意を決する。
「手合わせをお願いしたいのですが。」
木刀をアースに渡す。
エルルはアース(フレイ)を吹き飛ばした5歳の時からアースとは手合わせをしていない。
「僕と手合わせはしないのでは?」
アースは嬉しい反面、急な方針転換の理由を知りたくもある。
「はい、そうしておりましたが剣を交えないと理解できないと思い至りまして。」
エルルは対峙した相手の魔力をその人の実力として感じている。
普通の人は実力が急激に変化することはない。
しかし、アースの実力は何故か頻繁に変わる。
「承知しました。やりましょう。」
剣を交えれば解る。
実にエルルらしいとアースは思った。
「ありがとうございます。」
アースの実力を数値で表すと、
道場では0。
手合わせ中は2〜5で始まって何故か徐々に下がり相手に合わせるように下落が止まる。
普段の時は不明。
エルルにはこのように感じていた。
「では。」
アースが構え、持続するタイプの防御魔法を自身にかける。
「参ります。」
なぜ実力が変わるのか?
それが無意識なのか意識してなのか?
意識しているのであればその意図は?
それが知りたい。
エルルは一瞬で間合いを詰めて初撃を打つ。
(強い!)
アースは見立てを誤った。
初撃であの騎士の実力を上回っている。
しかもエルルはかなり手加減をしている。
(やはり!初撃のアース様は手加減している。)
エルルは敢えてあの騎士を少し上回る程度の初撃を放った。
またアースを吹き飛ばすことはできないので、受けることがができる程度に加減したエルル。
(ヤバイ!もっと魔力を出さないと!)
慌ててアースは出力を上げる。
(更に強くなった!では!もっと!)
エルルは更に手加減を緩めた。
(更に強く打ってきた!まだ足りなかったか!)
アースは更に出力を上げた。
(もっと強くなった!凄い)
エルルは更に手加減を緩めた。
(ヤバイ、ヤバイ、まだだ!)
アースは更に出力を上げた。
「アース様!凄いです!もっと!もっと!」
更に強くなるアースに対して、エルルは喜びと恐怖を同時に感じて快感に変わった。
自然と恍惚の表情を浮かべていた。
「エルルも!こんなに強く!」
アースはエルルの強さに驚くばかりだった。
「もっと強く!行きます!」
エルルは手加減を止めた。
全力で剣を振るえる喜びと快感で心がどんどん満たされ、後から恐怖が追いかけてくる。
「壊れる!」
アースの持つ木刀が耐久性の限界を迎えた。
「壊れてもいいです!」
エルルの木刀も同じく限界。
「待って!」
アースとエルルの木刀が同時に折れる。
「嫌です!無くていい!」
エルルはまだ足りない。
止めたくない。
まだまだこの快楽と恐怖に浸りたい。
折れた木刀を投げ捨てアースに殴りかかる。
「うおっーー!」
アースも木刀を捨て受けの大勢をとる。
「はぁーーーーー!」
エルルの拳がアースの顔面を捉えたかに見えたが一瞬早く腕でガードした。
「グっあぁ!」
アースは事前の防御魔法で痛みはないが、衝撃の大きさで声を上げ身体が中を舞っていた。
「ハァ。」
エルルの動きが止まり、ドサリと芝の庭に倒れた。
失神している。
「エルル!エルル!」
慌てるアース。
即座にエルルに駆け寄る。
「只今戻りました〜って!はぁ!」
買い出しから戻ったスリマは信じられない光景を目にした。
慌てているアース。
アースの膝枕で寝ているエルル。
顔は顔面蒼白でなぜかデレ顔、更に失禁している。
カーラは口に手を当て愕然。
「どうしようスリマ。」
アースがスリマに助けを求める。
「どうし…一階の仮眠室にエルルを運びます。」
スリマが指揮をとる。
「エ……エルル……」
情けない声を出すアース
エルルの腰にそっとタオルを敷くスリマの心遣い。
「カーラはお湯を用意して!アース様は私とエルルを仮眠室へ運びます。」
アースとスリマでエルルを運ぶ。
「アース様!エルルと何を?」
スリマはエルルのこの状態に覚えがあった。
何年か前に、エルルがアースを手合わせで吹き飛ばしたときだ。
正確には吹き飛ばした後、アースの無事を確認した時に同様に失神し失禁した。
デレ顔は謎だが。
「手合わせを……」
あの時以来アースとエルルは手合わせをしていない。
そのことをスリマが知っているかが気になったアース、語尾が口ごもる。
「あの時も…いえ…」
スリマは感情を殺した。
相手はアース、この国の第三王子フレイでもある。
「………」
フレイは何もできない。
魔法でいい感じに片付けてしまおうかと考えたが、そんな雰囲気ではない。
「アース様は部屋の外でお待ちください。エルルを着替えさせます。」
仮眠室のベッドにエルルを寝かせると、こう言ってアースを追い出す。
「スリマ!お湯よ!」
カーラが程よく温めた湯を持ってきた。
「良かった、エルルの体を拭いてあげて!汗だくなの、冷えないようにね。」
スリマの声が少し落ち着いてきた。
アースが仮眠室を出る直前にエルルを見ると顔色が少し良くなっているように見えた。
デレ顔はそのままだが。
エルルの着替えが終わり、ついでにデレ顔も矯正して寝ているエルルの傍らでアース、カーラ、スリマの3人が椅子に腰掛けている。
「アース様、何があったのですか?」
スリマがアースに問う。
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