40. 細かく記憶している

 島のログハウスに戻り就寝。


 シグルのことが頭から離れず、なかなか眠れないアース。

 朝までが長く感じた。


 夜明けを待たずして港の建造に着手。


 魔法で作ったので一瞬でできてしまう。


「あっ、難破したヨットも回収しよう。」


 魔法で回収したので一瞬で終わってしまう。


「あっ、古代遺跡の本の調査を再開しよう。」


 キボンヌへ移動。

 本を開くアース。

 しかし内容が入らない。

 頭の中はシグルでいっぱい。


「………俺は、中学生か!!」


 シグルへの思いをどうにかして抑えながら調査を続ける。





 その後、4ヶ月が経過したが、シグルが訪れることはなかった。





 季節は秋の終わり。

 日は暮れようとしている。


 罪悪感を感じつつ、魔法でシグル達の工房を観察したアース。


 工房には誰もいない。


(あー、今は食事中か。)




 台所のテーブル。

 一家5人で賑やかに食事をしている。


「あーーもぉー無理かなぁー」


 シグルが頭を抱える。


「仕方がないだろ。」


 シグルの父が呆れ顔。


「そうよ、お父さんはあなたが心配だったから仕事を止めて捜索していたのよ………」


 母も呆れ顔。


「分かっているわよー。でも悔しいなー、私のミスで今年中に新型を出せないなんて……ごめんね……」


 シグルだけ諦めきれない。

 家族総出で作った船を破壊し、回収もできなかった。


 次のプロトタイプの完成まであと少しだが、季節が悪い。

 もうすぐ冬が来る、海が荒れテスト航海はほぼ不可能。


 天気の良い日を選んで近場でテストする程度が限界。


「焦っても良いものは出来ないわ、姉さん。」


 次女のルドリーは落ち着いて姉を優しく諭す。


「そうよね、ルドリー。」


 シグルもよく分かってはいる。


「お姉ちゃんはアースさんに会いたいだけじゃないの?」


 三女のリーヴァは姉の帰還を確認して安心した直後から姉を助けたヒーローのアースに興味津々。


「リーヴァ。」


 疲れた顔のシグル。


「そもそも、帰って来られただけでも奇跡なのよ。アースさんには、きちんとお礼を言いたいわ。」


 母が狼狽していたことをシグルは知らない。


「そうだぞ、あの森の中を歩いて帰って来るなんて……何者なんだ?アースとやらは。」


 父としては、複雑だった。

 娘が難破して漂流し、帰ってきたら、助けてくれた恩人に惚れていた。


 よくあるストーリーだが、それ故に気に食わない。


「あの人は……強くて優しかったわ。」


 トロンとした目でシグルが言う。


「それで、イケメンなんでしょ!」


 リーヴァは、結婚適齢期のシグルを一目惚れさせた謎のイケメンヒーロー、アースにあいたくて仕方がない。


「そうね……でも、不思議な人。」


 シグルの率直な印象だった。


「好きなの?」


 ルドリーのストレートな質問。


「うん、でも……」


 怯むこと無く答えるシグル。


「不安なの?」


 母は心配していた。


「うん……まだ、会ったばかりなのに……こんなに……」


 これ程男性を好きになり、隠すこともしないシグルを家族は初めて見た。


「そうね、姉さんにしては珍しい……」


 ルドリーも恥ずかしくなる位の姿。


「あんな危ないところに、まあまあ洒落たログハウスなんか建てて暮らしているのよ。」


 シグルは自身が見たログハウスを今でも細かく記憶している。


「聞いた!」


 既に何度も聞いているリーヴァ。


「客なんか来る訳ないのに客間があるの。」


 シグルは自身が使った客間を今でも細かく記憶している。


「余裕ね。」


 獣しかいない場所に漂着した男が家を建て、来ることのない客のために部屋まで用意する余裕を讃えたルドリー。


「家具も調度品まであるし、あっ!お風呂まであったわ。」


 シグルは自身が使った風呂の気持ちよさを今でも細かく記憶している。


「羨ましい。」


 リーヴァの相槌。


「ベッドも大きくてフカフカでシーツも洗いたてみたいな感じだし。」


 シグルは自身が使った客間のシーツの香りを今でも細かく記憶している。


「良く眠れそう。」


 母もそんなベッドに寝てみたい。


「鹿を狩ってきて物凄いスピードでさばいていたけど……」


 シグルは台所で鹿をさばくアースを思い出し目尻が下がる。


「カッコいい!」


 リーヴァの相槌その2。


「料理も美味しかったけど、台所も食器も傷みがないの。」


 シグルは使用感のない台所に違和感を感じていた。


「手入れが行き届いているってこと?」


 ルドリーの解釈はこうなる。


「衣類もくたびれた感じが全く無くて清潔感まであるの。」


 丁寧に使ったとしても、これ程綺麗な状態を維持できるものなのかと言いたいシグル。


「ダメなのか?」


 父は『衣類を大切にして、なにか問題でも?』と言わんばかり。


「えっ?」


 シグルは会話の行方を見失っていた。


「「「「のろけか?」」」」


 家族にはこう聞こえていた。


「なに?自慢?」


 リーヴァは楽しそう。


「一度会っただけよねぇ!」


 恋の病はたちが悪いと思うルドリー。





「そ、その、2年位前に漂着したのに変じゃない?」


 感じている違和感を上手く伝えられないシグル。


「どこが?」


 リーヴァは煽る。


「その……出来ている物の割には道具が不足している感じが気持ち悪いと言うか………」


 シグルの持つ違和感を必死に伝える。


「………」


 職人家族にはこれが最も刺さった。


「次に私が訪ねるまでに港まで用意しておくって言っていたわ。」


 シグルは続ける。


「作ったことがあるのか?」


 父は真顔になっていた。


「『ない』って言っていたわ。」


 記憶をたどるシグル。


「いや、そう簡単にはできないだろう。………できるのか?」


 父の理解を超えた。


「分からないわ、でも、必ず作るって………」


 シグルが知るはずもない。


「信じられない……」


 父が呟く。


「春にまた行こうと思っているの。その時に分かるわ。」


 シグルはその時に聞くつもりでいる。







 全て聞いたアース。


 聞いたことで安心できた部分はある。

 しかし、それ以上の罪悪感。


(聞いてしまった……)


 何度と無く他者の様子を伺うことはあったが、ここまでの罪悪感はなかった。

 ただただ戸惑うアースだった。

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