3章 遠征

14. 聞くか?それ

 13歳のアース。


 遠征にもかなり慣れてきていた。


 最近の遠征はほぼアース、エルル、カーラの3人で決行する、スリマは研究所で留守番。


 当初は道場での稽古が無駄になったとスリマは文句を言っていたが、アースはそれでも稽古を続けるようにスリマに言う。


 しかし、スリマは日に日に日焼けして逞しくなる3人を見て次第に遠征を敬遠するようになった。


「アース様、湖が見えました!」


 御者台で馬車の手綱を握るエルルが座席のアースに話し掛ける。


「素敵な湖!」


 カーラが座席から御者台に移動しながら風光明媚な景色に心を踊らせる。

 湖畔は砂利の浜が続き美しい。


「浜で少し休みましょう。」


 アースが提案する。


「「賛成!」」


 嬉しそうな笑顔でエルルとカーラが答える。


 湖畔に馬車を止めて昼食を楽しむ一行。


 今回の遠征先はこの湖の東にある村。


 その村の近くに古代の遺跡があるとの情報を得たため調査に向かっている。


「冷たくて気持ちいいよカーラ!」


 エルルが早々に食事を済ませて湖で足を冷やす。


「大きな湖ですわね!」


 カーラもすぐに後に続く。


「この後は湖を左に湖畔沿いの道を進めば村が見えて来るはずです。」


 アースは二人を眺めながら行先を告げる。


 休憩を終え再び馬車で移動を始める。


「村が見えました!」


 エルルに変わり御者台で手綱を握るのはアース。


 休憩を終えてからおよそ二時間程で村に到着。

 湖畔から緩い坂を登り切ると、小さな高原の村の入口。


「宿は…ありました!」


 村に入って間もなくエルルが見つける。

 登ってきた坂を振り返ると湖を見渡す絶景が広がっている。


「では、先にチェックインし参ります。」


 カーラが一足先に宿に入る。


 遅れて馬車止めからアースとエルルが宿に入る。


「部屋に荷物を運びますね。」


 カーラとエルルが馬車へ向う。


 エルルは運び込む荷物の一部を運んでいる。


「ご主人ですか?」


 カウンターでカーラと話していた男にアースが声をかける。


「ええ、ロイドと申します。」


 ロイドと名乗る男、白髪で痩せ型、物腰が柔らかい。


「アースです。暫くお世話になります。」


「王都からいらしたそうですね、ご苦労さまです。」


「明日、村長とお話したいのですが、どなたか取次をお願いできないでしょうか?」


「村長にご用でしたらお宅に直接行って構わないと思います。」


「では、お宅はどちらに?」


「前の通りを村の入口と逆の方へ少しいくと物見櫓があります。その隣の建物が村長のお宅です。」


「ありがとうございます。」


「ご自分の荷物は運んでくださいませ!アースさ…」


 カーラが不満を述べ始める。


「手伝うわ?ここの娘のアンナよ。」


 カーラのセリフを被せる形でアンナが入る。

 歳はアースと変わらない位。

 子供の頃はほぼ確実にお転婆娘だっただろう。


(おお!宿屋のテンプレ看板娘!)

 アースが興奮する。


「エルルです。ありがとう。アンナさん。」


 最初の荷物を部屋へ運び、再び荷物を取りに馬車へ向かっている途中のエルル。

 カーラへ返したアンナの言葉にエルルが礼を言う。


「アンナでいいわ。」


「私もアンナって呼ばせてもらえるかしら?カーラです。」


 改めてアンナに自己紹介するカーラ。


「もちろん!」


「お連れさん、凄い力持ちですね。」


 ロイドが二人の怪力振りに驚く。


「娘さんもなかなかです。」


 アースもアンナの怪力振りに驚いていた。


「乙女を荷物運びに使うってどうなの?君。」


 アンナは一行の見た目と女性二人の腕力を見てアースを二人が護衛していると断定した様子。


「こら!アンナ。」


 ロイドにはカーラが説明していたので、王都から来た国立史跡研究所の一行でアースが所長であることは伝えてある。


「あわわ!」


 エルルはアースがこの国の第三王子フレイであることを割と意識しているので、アンナの言動を見て不敬罪がよぎり動揺する。


「クククッ!」


 カーラはアースの本当の身分は知っているが性格も知っている、困った様子のアースを見て笑いをこらえきれない。


「そちらの女性方はアースさんの部下の方だよ。」


 ロイドが宿屋の娘なのに迂闊が過ぎると呆れて説明する。


「ええ!もしかして、偉い人?」


 アンナはアースの格好が普通過ぎる旅装束なので見事に誤解していた。


「………」


 ロイドが頭を抱える。


「あはは、アースです。国立史跡研究所の所長です。」


「ごめんなさい。」


 反省するアンナ。


「ごめんなさいアンナ、まだお話ししていませんでしたね。」


 テヘペロするカーラ。


 借りた部屋は二部屋、一部屋は女性二人の部屋。


 もう一部屋はアースの部屋と研究所を兼ねる予定。


 各自が自分の荷物を整理して、少し部屋でくつろいでいた。


「食事の支度が整いましたよー!」


 ノックの後にアンナの元気な声。


「「美味しそうー」」


 カーラとエルルが喜ぶ。


「ありがとうございます。全て娘の手作りです。」


 なぜかロイドがドヤ顔。


「本当に美味しそうです。アンナさん。」


 アースも嬉しそう。


「アンナでいいってば。」


「アンナ、口の利き方。」


 ロイドが注意。


「構いません。」


 アースは気になどしていない。


「母譲りで…どんどん似てきています。」


「似てきたらダメなのかな?」


 からかうようなアンナ。


「そんなことはない、私にとって最愛の妻でありアンナにとっても最高の母さんだっただろう?」


(だった?)


 言葉尻が気になったアース。


「だった…ですか?」


 カーラが遠慮なしで聞く。


(聞くか?それ…)


 アースがカーラを睨む。


「1年と少し前から行方が分からないの。」


(話しちゃうか?)


 アースが心の中でツッコむ。


「ごめんなさい食事の前に、食べて!」


 アンナが足早にその場を去る。


「頂きましょう。」


 空気を変えようとするアース。


「「美味しい!」」


 カーラとエルルが絶賛。


「絶品です!」


 遅れてアースも絶賛。


「えへへ、ありがとう。」


 嬉しそうな顔で水のおかわりを持ってきたアンナ。


「「「「美味しかったー」」」」


 アース一行は大満足。


「良かったらこれも食べて。」


 アンナが果物の盛合せを持ってくる。


「「いいのー?」」


 カーラとエルルの目が輝く。


「どうぞ。」


「「甘い!美味しいー!」」


 カーラとエルルが再び絶賛。


「この村で採れる果物だよー。」


「いいなー。」


 住み着いてしまいそうなエルル。


「手土産のお返し、わざわざありがとう、美味しいクッキーだね。」


 アンナの気持ちが嬉しい一行。


「ほら見なさい!わたくしが選んだのに皆さん反対でしたのよ!」


 今回の旅でアンナが最もクッキーを喜んでくれた。

 選んだカーラも嬉しそう。


「宿への手土産は男女問わず好まれる物が普通よ!クッキーって女将さんには喜ばれるけどさぁ…あっ!ごめんなさい!」


 エルルが反論したがアンナを気にして途中で話を止めた。


「ん?え?あっ!い、いいの、気にしすぎよ!」


 アンナはエルルの意図にどうにか気づくことができた。


(『女将さん』がアンナにとってお母さんを連想させると思ったのか?エルル…気にしすぎだよ!)


 エルルの言葉が嫌味になりそうで怖いアース。


「ですけど、まだ1年しか経ってないのよね。」


 カーラはエルルの意図に気付いていたが、やはり遠慮がない。


「あはは…」


 困るアンナ。


「「………」」


 黙るカーラとエルル。


「行方が分からなくなる大分前から母さん、怪我をするようになってね、日に日に怪我が酷くなって…それで逃げ出したんじゃないかな?」


「アンナ」


 火を着けたエルルがアンナを気遣う。


(怪我?)


 少し気になるアース。


「何で怪我を?」


 カーラがまたしても遠慮をしない。


(だから!聞くか?それ!)


 冷や汗が吹き出すアース。


「分からないの、母さんは答えてくれなかった。」


(やっぱり答えちゃうんだ。)


「アンナ。」


 いつの間に来ていたロイドがアンナの肩に手を置く。


「父さんは本当に知らないのよね?」


 アンナが何度と無く聞いた問。


「あぁ、本当に知らないよ。」


(これ、知っているやつだ。)


「きっと何処かで元気に暮らしているよ。」


(これ、この世にいないやつだ。)


 アースは気持ちの悪いモヤモヤで心がいっぱいになった。


(どうしよう、困った。ゲームならイベント発生だが…)


 あまり関わりたくないアースだった。

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