13. 残念な部分もあるが…

 カーラを一言で表すと多くの人が最初に『聡明』を上げるだろう。


 王宮の図書室では物静かな印象を持っていたアースだが研究所の彼女は少し違って見えていた。


 割とよく動き、割とよく話す。


 以前の職場が図書室であったことをよく弁えていたとすればそれまでだが、今の仕事にこれまで以上のやり甲斐を感じているように見えた。


 そのためか、今後研究所で取り組む事業をカーラはよく提案する。


 近い将来、王都の外へ遠征する考えがあることを話すと、地図を入手しなければいけないことや、この国では地図は軍事機密扱いなので詳細な物は入手が困難なこと、研究所のメンバーは全員野営の経験がないので誰がいくにしても野営に慣れた者の同行が必要だとか、本番前に近場で野営の訓練をする必要がある等と懸念材料を一通り話した後、全ての対策を提案してくれた。


 結局、王都の外へ遠征するためには最初にアース自身が遠征のための手続きを把握する必要があった。


 王族が王都の外へ遠征する時に必要な手続きなどカーラは知る由もない。


「どうしたの、カーラ、ボーッとして。」


 ここは研究所の食堂、4人掛けのテーブルが6台は入りそうな広さに2台だけ置いてある。


 今はカーラとスリマの二人だけ。


 スリマは研究所のメイドとして働いている。


 スリマが用意した夕食が捗らないカーラの様子を見て声を掛けた。



「アース様が近い将来、王都の外へ遠征したいと仰っていて…。」


 カーラは何とかアースの力になれないかと思案を巡らせていた。


 しかし、カーラの仕事は研究助手、研究以外のことまで助手の仕事を求められていない。



「何か困ることがあるの?」


 スリマはなぜカーラが困っているか理解できない。

 次を促す。



「いいえ、王族の方が遠征する場合どんな手続きをすればいいか、わたくしには分からなくて。」


 カーラはまだ真剣に考え込んでいた。



「その話なら私もアース様から聞いたわ?」


 スリマはカーラが必要のないことで悩んでいることに気づいてしまい『またか』と呆れる。



「スリマにも相談されたのね。」


 カーラはアースが単純にスリマにも相談したものと考えていた。



「そうじゃなくて、私に話すことが正規の手続きなの。」


 スリマは不必要なことでカーラが悩んでいることをそれとなく伝える。



「えっ?」


 まだ分かっていないカーラ。



「カーラってそういう所あるよねぇ。」


 スリマは呆れている。



「えぇ。」


 少し不機嫌になるカーラ。



「王族の方は成人を迎えると専属の事務官が付くの、その方に頼めば事務的なことは全て手配してくれるのよ。」


 スリマが説明を始める。



「成人されていない方は?」


 カーラはアースのことを知りたい。



「成人を迎えていない方は事務官の代わりを侍女が努めるの。」


 スリマはカーラの疑問の答えを言った。



「スリマはアース様の侍女と言うこと?」


 何やらスリマのことを勘違いしている様子のカーラ。



「えっ!知らなかったの?」


 スリマがカーラと知り合って5年位が経過していた。



「ええ。」


 平然と答えるカーラ。


 カーラにとってあまり重要ではない。


 従って気にしていなかった。


 カーラはこう考える人物だった。



「私は何だと思っていたの?」


 ドヤ顔で答えを言ったスリマだったが、想定外の所が理解されていないことに動揺した。



「メイド?」


 本音を言えばスリマの立場を考えたことがないカーラだが、聞かれたので考えた結果やっと出てきた答えが『メイド』だった。



「あなた、本当は人に興味ないでしょう。」


 スリマは知っている。


 カーラに悪気はない。



「そんなことないわ!」


 本気で否定するカーラ。



「じゃぁ、研究者は皆さんそんな感じなの?」


 続けて問うスリマ。



「………」


 自分以外の研究者のことをカーラは知らない。


 自分以外の人に興味ないことを図らずも今自覚した。



「今日、王宮の事務官さんに伝えたから、明日か明後日にはアース様と話し合う機会が設けられると思うわ。」


 スリマは呆れながら現状の説明をする。



「そうだったの。」


 カーラはアースが困っていないことにホッとしていた。



「本当は凄く賢いのにねぇ。」


 人に興味はないが、困っている人に真剣に寄り添うカーラをスリマは慈愛に満ちた表情で見ていた。



 カーラを一言で表すと多くの人が最初に『聡明』を上げるだろう。


 残念な部分もあるが…




 こんなやり取りの翌日、アースは王宮の自室で事務官と遠征について打合せをしていた。


 一つ大きな問題があった。


 未成年の王族が自主的に外遊する。


 そんな前例がなかった。


 規則も法もなく、現行法の解釈を拡張することで対応する方向で検討していた。


 成人さえすれば普通の手続きで外遊できるのだ。


 新たに法を整備する方法も検討したが、アースが成人すれば用をなさないし、アース以降に同じことを言う王族が現れるとも思えない。


 新法は再びアースのように自主的に遠征を希望する未成年の王族が現れるまで先送りとなった。


 王都の事務官は非常に優秀だ。


 現行法をどれだけ拡大解釈したかは不明だが、何とかして見せた。


 しかもアース側への配慮も忘れていない。


 アースはスリマに遠征することを伝えれば最短翌日には出発可能なのだ。


 スリマに伝えた後どのように事務処理されるかアースは聞かなかったが、どうでもいいと考えたようだ。


 ここまで二週間程度、これでも異例の早さだった。


 法整備まで必要になった場合、早くても半年位は時間が必要になっただろう。


 しかし本番はこれからだった。


 遠征には野営を伴う場合がある。


 この訓練は実地で行うこととなり、教官からOKをもらうまでに3ヶ月を要した。


 月に2回の実地訓練だったので合計6回実施したことになるが、教官によると普通は3〜4回で終える内容の訓練なのだとか。


 4人共野営には不慣れだったことが原因で、いちいち時間が掛かった。


 そんなことがありつつも、ようやく準備が整った。


 他者が魔法を使うことをアースが危惧したことから始まり、研究所を起ち上げ遠征の準備が整うまで5年以上を要したことになる。


(転移魔法と時間魔法を使えば何処でも一瞬で遠征して帰って来られるけど…どうしてこうなった?)

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