12. 凄すぎませんか?
10歳のフレイ。
研究所が開所して1年が経過した。
アースとカーラは研究所一階の研究室で古代の言語で書かれた本を現代語に翻訳し複製する作業に精を出していた。
魔法に関する書籍は古代の言語で一万年以上も前に書かれている物が殆どで、修復や複製を何十回も繰り返し現代へと受け継がれている。
翻訳、修復、複製の履歴は裏表紙を開くと書かれている。
今では古代の言葉に精通している者も殆どおらず現代語訳が正しいかを判断できる者も王宮にはいない。
悪徳業者は現代語訳を請け負い適当な本を納品すれば詐欺のし放題だ。
それは王宮図書室の蔵書が証明していた。
このまま古い言葉が失われると元々本に書かれた情報が失われる。
アースは転生した時の特典能力でありとあらゆる言語を操ることができる。
たとえ明日宇宙人が飛来してもネイティブトークが可能だ。
どんな言語でも見聞きした瞬間から自由に操れる。
5歳を過ぎアースにも図書室が開放されると通い詰め古い本を読み漁った。
もちろん元の言語のまま。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
古い本ばかり読み漁り6歳になって間もないある日、一度だけ当時の司書だったカーラが現代語版を用意してくれたことがあった。
「これは?…」
カーラが優しく置いた本を見るアース。
「今殿下が読まれている本の現代語版です。こちらの方が読み易いかと思いまして。」
アースはこの時6歳。
古代語が堪能だとは思ってもいないカーラ。
「…ありがとう。」
気持ちはありがたいので軽く目を通すアース。
(余計なお世話だったかしら?)
アースの雰囲気で不要だった気がしているカーラ。
「あれ?」
二冊の本の最初の章を開いて見比べるアース。
「どうかされましたか?」
司書として管理に落ち度があったかと心配したカーラ。
「一応、タイトルは合っていますが、中身が全く違います。」
原本と現代語訳、内容が一致しない。
戸惑うアース。
「どういうことでしょう?」
意外なことでこちらも戸惑うカーラ。
(章立てはだいたい合っているけど内容が酷い。デタラメも良いところだ。)
現代語訳の内容は的を射ない。
翻訳ができずに適当な内容を充てたように見える。
「………」
少しの間沈黙する両者。
「…もし手が空いていれば手伝って欲しいのですが?」
アースが何やら思いつく。
「はい、何なりと。」
楽しくなってきたカーラ。
「なるべく古くに翻訳した現代語版とその原本を用意してください。」
本を探すカーラ。
「1,200年位前に翻訳して8回複製している。」
カーラが本を探している間に、内容がデタラメな翻訳版の裏表紙を開き、翻訳や修復などの履歴を見る。
いい加減な翻訳をした本を修復や複製を繰り返して大切に保管していた様子が見て取れる。
「お待たせしました。原本はレプリカですが、現代語版と揃っているものですぐにご用意できる物です。」
流石は司書、ものの数分で用意してみせた。
アースは後に知るのだが、ここに収蔵されている古い本など紙や羊皮紙で作られた文献は全てレプリカとのこと。
数万年前から人類が文明を築き活動するこの世界、紙や羊皮紙がいかに耐久性に優れた素材であっても限度がある。
そのためレプリカを後世に残したという理由だ。
数万年前からある文明にしては進歩が遅い気がするが今は棚に上げたアース。
「ありがとう。」
アースではここまで素早く探せない。
素直に感謝する。
「いえ。」
少し嬉しそうなカーラ。
「これはマトモですね、6,000年位前に翻訳して…凄い、50回以上修復と複製を繰り返している!この本のなるべく古い複製を用意できますか?」
原本のレプリカはよくできていた、裏表紙を開くと最初の複製をは6,000年位前でその後50回以上修復と複製を繰り返している。
直近の複製は殆ど理解できない文字を複写していたことになる。
それでも文字が崩壊したり不自然な形になったりするようなことがなく、丁寧な仕事に感動すら覚える。
「少しお待ちください。」
現代語版の古い物を探しにいくカーラ。
「よく翻訳できている…」
現代語版も良くできていてこちらも6,000年位前に翻訳して50回以上修復と複製を繰り返している。
「お待たせしました、29回目の物がありました。」
今回も、ものの数分で用意してみせた。
「ありがとう…言葉は古いけど、やはりよくできている。」
カーラから受け取った現代語版は6,000年位前に翻訳した先程の本を、約1,200年前に29回目の複製を行ったものだった。
やはり内容はよくできていた。
「どういうことでしょう?」
カーラも漠然と答えを得ていたが、アースと答え合わせがしたくて聞いてみた。
「6,000年位前に翻訳した本はマトモで1,200年位前に翻訳した本はデタラメだから、この間の約4,800年で古代語は衰退したと考えていいのかも知れません。衰退する前に翻訳した本はよくできていて、衰退後に翻訳した本は正しいことを確認できずに後世に残ったのではないでしょうか。将来、改めて翻訳本を作り直すのもいいかも知れませんね。」
アースは何の気なしにそう言った。
「なるほど、で、なぜ殿下は6歳にしてそこまで古代語にお詳しいのですか?」
元より謎の多い第三王子だ、自然に疑問が口をついた。
「え?」
古い本で古代語に浸りきっていたので、古代語の勉強が建前だったことを忘れていた。
「いえ、とても良いことなのですが、凄すぎませんか?」
アースが図書室で古代語の本を読み始めて一年程、その時間の殆どをカーラは見守っていた。
しかし、これだけ古代語を理解しているとは思ってもいないカーラは驚愕を隠せない。
「そっ、そうですね、家庭教師かなぁ?」
苦しい言い訳をするアース。
今の世に古代語の家庭教師など聞いたことがないカーラ。
ミステリアスな6歳児への興味が尽きない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こんなやり取りをカーラは覚えていて、研究所が開所すると、最初の仕事として古代語で書かれた本の再翻訳を提案した。
それと同時にカーラは古代語を学ぶと言い出した。
「古代語の理解はこの研究所にとって大きな意味があると思います!」
とカーラは力説していた。
(『史跡研究所』だからねぇ…カーラの言うことが正しい。)
魔法でサクッと片付けるつもりのタスクが数年掛かりのプロジェクトになった。
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