5章 王都救済

33. エルル様と死ぬ気だ

 19歳のアース。


 夏真っ盛り。


 この頃アースは大変忙しく、研究所に住み着くようになっていた。


 その発端は5年前にスリマが結婚したことから始まった。

 スリマの結婚から3ヶ月後にカーラが結婚。

 更に半年後にスリマが第一子を出産。

 4ヶ月後にエルルが結婚。

 1年後にカーラが第一子を出産。

 5ヶ月後にエルルが第一子を出産。

 8ヶ月後にスリマが第二子を出産。


 と、結婚アンド出産ラッシュだった。


 それに伴い、スリマ、カーラ、エルルそれぞれが夫と暮らすため研究所から引っ越した。


 3人は、産休を取得する機会が増え、業務が滞るようになり、増員して対応。


 増員した所員に業務を引き継ぐ作業、所員用に保育室を新設、保育士や看護師の採用などなど、本業ではない作業が相次いだ。


 本業では、このミッドガルド王国の詳細な地図を完成させるべく遠征部隊の増員と教育を強化。


 これらが落ち着くまで4年以上を要したが、最近ようやく全員が機能するようになり、アースも少しだが余裕を持てるようになった。


 しかし、人が増えたことで、研究所は所員やその子供の声でかなり賑やかになっている。






「所長!大変です!」

「………」


 こんなことは日常茶飯事。


「新人所員が死にそうです。」

「えっ!」


 これはない。






 場所を尋ねると、研究所2階居住エリアの1室とのことなので急行する。


 嘘や冗談ではなかった。

 一刻を争う状態だ。


 ベットで新人の男性所員が顔を真っ赤にして寝ている。

 唇は乾き呼吸は極めて浅い。


「部屋を出てください!」


 アースは即座に魔法で治すことを決意。

 案内してくれた女性所員を部屋から出し鑑定魔法を発動する。


(感染症だと!)


 もともと石や金属の種類を見分けるために身につけた鑑定魔法、そのまま使用していたら『人』と鑑定していただろう。


(もう少し詳細な情報が欲しいが。)


 アースとしては危険度や対処方法まで知りたいところだが、『人』ではなく『感染症』と鑑定しただけでも今は良しとした。


(取り敢えず除染だな。)


 鑑定魔法を拡張して人の病気等に応用するには訓練が必要だと判断したアースは、この部屋と所員の除染に取り掛かる。


(上手くできたか?)


 体内から良くない菌やウイルスを死滅させるイメージで治癒魔法を発動した。

 こうすると、菌やウイルスだけを排除して、体に受けたダメージをそのままにできる。

 要するに、自然治癒力による回復をアースは演出した。


 実に器用に魔法を使うアースだった。


「飲み水をお願いします。」


 あとは看護師にこの所員を任せた。


(少し様子を見よう。)


 アースが転生してからも感染症の流行は何度と無くあり、そのどれもが二月もあれば収束した。


(迂闊だったか?)


 所員全員を家族のように思う故に、咄嗟に魔法を使ったが、少々迂闊だったと後悔した。


 以後、感染症の流行に備え所員には手洗いとうがいを徹底させた。





 数日が経過し危機的な状態だった所員は回復し、日常生活で困ることはなくなったが、王都では感染者が爆発的に増えていた。


「所長!大変です!」


 所員に二人目の感染者が現れた。


(この所員も前ほどではないけど、かなり重篤だ。)


 前回同様、魔法で除染した。





 また数日後。


「所長!大変です!」


 次は所員の家族。


 誰もが放置すれば命に関わりそうな程に思えた。


(少し、今までと違う、嫌な予感がする。)




 また数日後。


「所長!大変です!」


「今度は何でしょう?」


「門の前に人だかりが!」


「なんと!」


 窓のカーテンを少し開き門の方を見ると、既に鉄格子の門は閉じられていたが、門の向こうにうごめく群衆は見て取れる。


 ここに来れば治ると噂になっていた。


(ここは病院なんかじゃない……)


 エルル達が必死に宥めようとしている。


「この子を助けて!」


 生後間もない子供を、片手で鉄格子の隙間に無理やり通して叫ぶ母親、既にぐったりとして、息をしているかすら怪しい。


「落ち着いてください!」


 エルルが叫ぶと同時にその子を受け取ったが、後ろの群衆は容赦なく圧力をかける。

 エルルの目からは涙が溢れていた。


「ギャ!」


 母親の体が圧に負け横に動き、鉄格子の隙間から戻せなくなっていた腕が折れた。


「危ないから止めてー!」


 エルルが泣き叫ぶ。




「止めなさい!」




 魔法で音量を100倍にして叫ぶアース。

 同時に群衆の前5列程の身動きを奪い念のため結界を張り研究所に群衆が侵入しないようにした。


「門を開けて下さい。」


 エルルから先程の子供を受け取り気付かれないように体内を除染、かろうじてまだ生きていた。


「正気ですか?」


 アースを崇拝するエルルだが流石に信じられない。


「大丈夫。」


「門を開けて。」


 と、部下に命じてエルルは不足の事態に備える。


「この子の母親はお入りくださ。」


 エルルの緊張はピークに達した。

 動けない状態の母親を抱き抱え敷地に戻る。

 頬を伝う涙がまだ止まらない。


「アース様、閉めても?」


「閉めてください。」


 門が閉まりアースが振り返ると、そこにはスリマとカーラが待機していた。

 更にその後ろには彼女たちの部下で動ける者達が集まり始めていた。


 アースは結界を解除し、身動きを奪った者達を開放する。


 アースが口を開く。


「先ずは親子を仮眠室のベットへ運んで、看護師に応急処置を頼んでください。」


「はいっ!」


「次に門の近くに野営用のテントを張って仮説診療所を作ってください。」


「はい。」


「あと、実験棟に寝袋をありったけ敷いて重篤な方が休める場所を用意してください。」


「はい。」


「それと屋外実験場にテントを張って炊き出しをしてください。」


「はい。」


 スリマとカーラは部下に指示を飛ばし準備を始めた。


「エルルは私と外へ出て重篤な方、子供とその母親を中へ案内します。」


「危険です!」


 エルルの部下が声を上げる。


「アース様と死ねるなら本望と思いなさい!」


 エルルが吠える。


(エルルも止めてたよね。)


「しかし!」


 部下は引き下がらない。


「大丈夫です、皆さんは私達が出たら門を閉めて戻って合図したら開けて下さい。」


(このお方はエルル様と死ぬ気だ!)


 と、部下の一人は思っていた。

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