2. いい子でチュねぇ~

(転生した?)


(あっまだ目が良く見えないのか。)


(あれ?何か口とか鼻で呼吸している気がしない。)


(ん?へその緒がまだある、しかも切れてない。)


(えっ!胎児?まだ胎児なの?)




「もう少しですよ、お腹に力を入れてくださ!」


(エッ!誰!)


 分娩ぶんべん室で産婆さんばさんが妊婦をはげましているが、当然、胎児からは見えていない。


「んんんんんん!」


 出産中の妊婦がいきむ。


(おおお!何か押されてる、いや産もうとしてる?)


「んんんんんん!ハッ、ハッ」


(そっちへ押す?出口は?あった!足の方にあるのが出口?……逆子じゃねぇ?)


「んんんんんん!」


(あぁ!ダメまだ押しちゃだめ、頭戻すから!)


「ハァァァ!」


(くっ!ヤバっ!へその緒が首に絡んだ!)


「ああああああっ」


(嘘だろ!早く戻さないと!)


「んんんんんんんんんんんん」


(うぁ!押さないでってば!)


「ハァァァァァァ!」


(うがあ!よし、へその緒ほどけた!今度は頭!)


「もう一回、いきんで!」


 産婆さんの激が飛ぶ。


「んんんんんんんんんんんんんんんんんん」


(ああ!いきまないで!)


「があああ」


 胎児の動きが辛かったのか、妊婦からうめきと悲鳴が混ざったような声が出た。



(うらぁ!ヨッシャ、頭戻った!)


 骨盤の定位置に頭が移動し、何とも言えない安堵感を感じた胎児。


「んんんんんんんんんんんん」


(えっ!頭が締まってる!)


 あとは誕生するだけと考えていた胎児。


 だが甘かった。


 子宮口に頭を押付ける体勢で体全体が圧迫される。



「ハァハァハァ」


(いや、狭いって!)


 明らかに出口より頭の方が大きい。


「んんんんんんハァハァハァ」


(こんな狭いの無理!)


「んんんんんんハァハァハァ」


(通れるわけ無いって!)


「んんんんんんハァハァハァ」


(狭い狭い狭い!)


 諦めた。


「んんんんんんハァハァハァ」


(きつい!きつい!きつい!)


 母に全てを託した。


「んんんんんんハァハァハァ」


(無理無理無理!)


 中止を要請したい。



「んんんんんんハァハァハァ」


(イタタタ!頭蓋骨がきしんでるって!)


「んんんんんんっキャァ!」


(エッ!今メリッって音がした!)


「ああああああ」


(また、メリメリッって!エエ!妊婦の骨盤変形してない?)


「ううううっ」


(あうううううぅ!)


 頭が子宮口を出ると同時に身体もニュルリと続いて出る。


 誕生した。



「ヒャァァァァ!」


 妊婦から母になった瞬間の声。



「ウウウリャーッ!!!怖っわ!死ぬかと思ったわ!」


 胎児から子になった瞬間の声。


 しゃべってしまっている。



「「「「エエエエエエ!!!!」」」」


 分娩室に居る大人全員が驚愕した。


 当然だ。



「あ……お、おぎゃー、おぎゃー。」


 泣いて誤魔化す新生児。


「い、今何か?」


 産婆の補佐Aが言う。


「おぎゃー、おぎゃー。」


「外、外から聞こえた声だと…きっと…」


 産婆の補佐Bが言う。


「おぎゃー、おぎゃー」


「そ、そうね!あっ、元気な男の子です。」


 産婆が言う。


「おぎゃー、おぎゃー」



 産婆は、手早くへその緒を処理し体を拭き上げ、軟膏のようなものを全身隈なく塗った。


(かー!気持ちい~、熟練の技を感じるよ。)



「どうぞ、王妃様、お抱きください。」



(あぁ、何か落ち着く。)


 本能なのだろうか、転生直後なのに母親の傍で安心している。


「あぁ、良く頑張りました、わたくしの可愛い赤ちゃん。」



(あぁ、これが母の臭い。)


「あぁ、これがこの子の臭い。」


(眠い)


「眠くなって参りました。」



 先程まで一人だった母と子が、同じことを考え、同じ幸福感に包まれ、同時に浅い眠りに入った。





 翌日には保育部屋へ移動、程なく『フレイ』と言う名を賜った。





 フレイの鳴き声に反応して産婆の補佐Aが来た。


 オムツを手で確認して即座に悟った。




「ハーイ、オムツ替えましょうねぇ。」


(兎に角この体は不便だ。)


 新生児の身体に不満を述べている。



「アラー直ぐ泣き止んで。いい子でチュねぇ~」


(排泄→授乳→睡眠を3〜4時間毎に繰り返している、しかも、どれもえることができない。)


 新生児なので、これが普通だ。



「ハーイ、キレイキレイにナリまちたよー。」


(立つことも、歩くことも魔法でサポートしないとできない。)


 魔法でサポートして歩く新生児などこの世界にはいない。

 既に試しているようだが、当然、人に見られでもしたら大事になるだろう。



「それじゃぁ、おっぱいの時間でちゅよー。」


(転生前に魔法はなるべく使わない約束をしたし…)


『なるべく』のハードルがかなり低いが、使わない方向で考えていることは間違いなさそうだ。


 あと産婆の補佐Aは乳母Aでもあった。



「はい、どうぞ。」


(新生児の身体の構造を超えることはできないのか?)


 その通りだが、前世の記憶を保持している脳だけは少し違う。



「沢山飲んでくだちゃいね~。」


(目も良く見えているし、声も出た。これはなぜだ?)


 魔力でのサポートを無意識で行っていたことに、この時のフレイは気付いていない。



「ん~。そうですよー、上手です!」


(胎児の時は羊水の中だから良く見えなかったんだろう。)


 その通りだが、上手く魔力を調節すれば羊水の中でも良く見えたことにこの時は気付いていない。



「お腹いっぱいでチュカー。」


(あ、眠い。)


 今は、これが精一杯。



「おやすみなさい。」


(…zzz)


 眠り行く意識の中で乳母Aがとても可愛いことに気付きもっとよく見ておけば良かったと後悔した。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




(あぁ、また出た。気持ち悪い。)


 オムツが汚れた時の不快感で目を覚ますフレイ。


 この気持ち悪さはオムツが取れるその日まで慣れることはなかった。




わずらわしい、言葉は偉大だ。)


 オムツが汚れたことを、いちいち泣いて知らせないといけない。

「おぎゃー、おぎゃー、おぎゃー」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る