30. 道具は嘘

 ノルンが着替える間先に応接室で待つと告げ、アースは移動した。


 程なく着替えが済み応接室に戻ったノルンとクレア。


 二人がソファーの元の場所に着席する。



「それで、ここまでは良いのですが、ノルンさんは今後どうしたいとお考えで?」


 アースが切り出す。



「…先ずは、元の通り儂以上の寿命を持つ子を成し、その子に技を伝える。」


 と答えるノルン。


 丁度メイドが温かい紅茶を淹れ直してくれた。



(子に伝える?)


 アースの見立てではこれは『秘術』等ではなく、呪いに近く言わば『呪術』と呼ぶべき物と考えた。


 子々孫々伝え続ける類の物とは到底思えない。



「さすれば先祖に申し訳が立つ。」


 ノルンは紅茶を手に取り穏やかな表情で話す。



(先祖に申し訳?)


 アース表情は少し険しく変化した。



「もし叶うのであれば、研究を一歩でも進めたいがな。」


 ノルンはそのままの姿勢で、少しだけアースに目線を送った。



(どうするべきか?)


 アースはノルンの視線には気付かない。


 正解を模索しているが結論が出ない。



 正直に言えば魔法を使えばどうとでもできる。


 ノルンを不老不死に変えることも簡単だ。


 だが、子孫まで不老不死には絶対にできない。


 そんなことをしたら近い将来この世はノルンの子孫で埋め尽くされる。



 ノルンだけが不老不死の肉体を手に入れることができればそれで満足するのか?


 これは否。



 ノルンは不老不死になりたい訳ではない。


 今までの話の中でそのようなことは一度も聞いていない。



 ノルンの願いは成果を残して次の世代に研究を伝えることだろう…



 今は考える時間が必要、と判断したアース。



「どうした?アースよ。」


 アースの表情に違和感を抱くノルン。



「分かりました。では、1週間後にまた来て頂くことはできますか?」


 関わってしまった以上放っておきたくないアース。


 寝付きも寝起きも悪くなりそうだ。



「構わんが?」


 アースから受け取った情報だけでノルンはおおよそ満足していた。


 これ以上の期待はしていなかった。


 今までも、小さな情報のために何年も時間を掛けることなどよくあった。



「お手伝いできることがあります。」


 アースは何とかすると決めた。



「どんな?」


 冷静に聞き返すノルン。



「ノルンさんの願いを叶えられるかも知れません。」


 アースが言う。



「ど、どうやって?」


 そんな簡単にできるはずがない、これまで費やした時間が少しノルンを懐疑的にした。



「詳細はその時お話しますが、幾つか施術用の道具を準備しますので時間を頂きたいのです。」


 時間が欲しいのは本当だが、道具は嘘。


 道具があれば魔法を使っていることを誤魔化せる気がして今思い付いた。



「道具を使う?助平なことを考えておらぬか?」


 アースのことをかなり信用してはいる。


 だが、ノルンは知っている。


 信用できる変態も世の中にはいることを。



「えっと、その道具を使えばノルンさんに施された術をほんの少しですが書き換えることができると考えています。」


 魔法で術を書換える方法もあるが、より詳細にこの術を調査する必要があるし、何より殆ど呪いに近いこの術を後世に残すことになるので、この方法を採る気はない。


 考える時間が欲しいだけ。



「なんと!!そんなことができるのか?」


 ノルンにとっては驚くべき情報だった。



「おそらく、丹田にはノルンさんが出産した子の人数が記録されていると考えています。」


 これは嘘ではない。



「おお!」


 ノルンの目が輝いた。



「それをゼロ人に書き換えるだけで運が良ければノルンさんの術は次に生まれる子を初産と誤認するかも知れません。」


 これは嘘。


 本当はこんな簡単ではない。


 ノルンの目が輝けば輝くほど罪悪感が募る。


 目を合わせることができない。



「では、お主の術後に子を成せばその子は女児で長寿となるのだな?」


 期待が溢れ出してきたノルン。



「運が良ければ、です。」


 魔法を使えば何とかなる。


 それは間違いない。


 それでも期待されることに慣れていないのか、それとも嘘をついた罪悪感か、消極的な言葉が出るアース。



「構わぬ!」


 ノルン気持ちは決まっている。



「試しますか?」


 アースも決めなければいけない。



「頼む!」


 と即答するノルン。



「運が悪ければ、全ての術が崩壊するかも知れません。」


 アース自身も何故こんなにも執拗に問うのか考え始めた。



「崩壊するとどうなる?」


 本当はどうなっても構わないノルン。


 覚悟はとうにできている。


 ただどうなるかは聞いておきたい。



「既に4,000年を生きたあなたです、長寿の術が崩壊すれば命に関わる何かが起こるでしょう。」


 これも嘘。



 何とかすると決めた。


 しかし何故こうまで執拗に問うのか?


 アース自身も分からない。


 ノルンに諦めて欲しいのか?


 アースが臆しているのか?



「死んでも構わんよ、あの世で失敗したことを先祖に詫びて、やれることはやったと伝える。」


 ノルンに嘘はない。



「構いませんね?」


 アースもノルンに嘘はないことは知っている。



「ああ、それよりこんな好機を逃す手はない。」


 とノルン



「分かりました。」


 ようやく分かった。


 ノルンの覚悟を知りたかったのだ。




「…何でも良い。何でも良いのだ。手がかりが有るのなら…何でも…」


 呟くノルンだが、藁にも縋るような目をしていた。



「それでは、次にこちらに来るときなのですが、秘術に使う石を見せて頂きたいのです。」


 アースはこの石の無効化を目論んでいる。



「あぁ、それなぁ、失くしてしもうた。」


 頭をポリポリと掻くノルン。



「「…えっ!」」


 アースとクレアが同時に反応。



「いつの間にやら失くなっておった。」


 申し訳なさそうなノルン。



「…嘘?」


 信じられないアース。



「嘘なものか!有るのなら進んで診てもらいたい位じゃ!」


 ご尤もだが、キレ気味なのは少し違うノルン。



「………」


 開いた口が塞がらないアース。



「何千年も旅をしておる、全ての荷物を失うことも一度や二度では無かったわ!」


 とノルン



「じゃあ、石なしで秘術を行えないと!」


 アースとしては、課題が増えた。










 次に合う日時を決めこの日はお開き。


 メイドがノルンとクレアを見送り応接室で一人のアース、どう扱うべきかを深く考えている。



「何もしないで放置することが正解なんだよなぁ…本当は…」


 その通りなのだ。


 何もしなければ、ノルンが他界すると同時にあの呪いもこの世から姿を消す。


 アースにとってはこれが最善に思える。



 しかし、ノルンは違う。


 ノルンの願いは成果を残して次の世代に研究を伝えること。


「どうするか…」

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