21. 手を振る3人

 数週間後。


 遺跡の調査は終了した。


 アンの葬儀も無事執り行うことができ、ロイド親子の喪が明けるまで、アース達が宿とレストランの切り盛りをした。


 アースがフライパンで炒めたパスタを客席めがけて放り投げ、エルルがパスタ、具、ソースを何一つこぼすことなく皿で受け取るパフォーマンスは大好評。


 しかし、アンナに食べ物を粗末にするなとお叱りを賜わり程なく終了。


 ロイド親子の怪我も治り、仕事への影響はなくなった。


 なぜか極度のファザコンになっていたアンナ、もう一人のアンナから何を受け取ってこうなったかは謎。






 景色の良い高台。


 この高台で最も良く湖が見える場所にあるアンの墓標、その傍らにあるテーブルと椅子。

 そこでお茶をしながら雑談をしているカーラとアンナ。


「きっとお母様はお喜びですわ。」


 墓標を見つめるカーラ。


「葬儀の時、すぐにここがいいって思ったの。」


 湖を見つめるアンナ。


「もう大丈夫ですの?」


「うん。」


「………」


「このあいだ、お母さんの夢を見たの。」


「………夢を?」


「私の中にいるもう一人の私をお母さんが連れて行く夢。」


「………」


「私ね、お母さんに暴力を受けていたの。」


「まあ!お父様は何をされていたのかしら?」


「お父さんが出稼ぎに行っていた時のことなの。」


「……そう。」


「その時にもう一人の私を作り出して辛いことをその子に押し付けていたってお母さんは言っていたわ。」


「お母様はその子を連れて行ったのかしら?」


「うん。」


「………」


「それと、お母さんがいなくなる少し前くらいから、時々その子が出てきて、私もお母さんのことを………殴っていたのよ………何度も。」


「………」


「でも、私は覚えていなくて。」


「………」


「私がやったのに、お母さんの怪我を心配したりして。」


「………」


「それでもお母さんはお父さんと喧嘩したって嘘をついて。」


「………」


「だんだんお母さんの怪我が酷くなって、私の手にも傷が沢山できるようになって、私、もしかして自分が怪我をさせているんじゃないかって怖くなって。」


「……無理しなくてよろしくてよ………」


「違うの、私がカーラに話したいの。」


「辛くなくて?」


「……大丈夫。」


「………」


「凄く怖くなって悩んでいたら、お母さんが自分の責任だと思ってしまって………お母さんを追い詰めていたの。」


「………」


「それで、『自分がいなくなるしかない』って思わせた………」


「………」


「………」


「きっと……お母様は、考えすぎてしまったのですわ。あなたの責任ではありません。断じて……」






「それと……お母さん、エルルに謝っておいて欲しいと言っていたの。」


「エルルに?」


「驚かせすぎたって……」


「………?」


「おもらしさせたって……」


「………! 夢のお話しということで、よろしかったかしら?」


「………現実みたいだったけど……夢だと思う。」


「でしたら、エルルには黙っておいたほうがよろしいかしら。」






「そう言えば、遺跡の調査が終わったと聞いたわ!」


「ええ、ようやく。」


「どんな物が出てくるの?」


「今回は古代文字が彫られたの石板が3枚……他は持ち帰って調べたい物が2点だったわ。」


「それは……多いの?」


「そうね、多い方ですわ。一点も出ないどころか遺跡も発見できないことも普通ですのよ。」


「お宝が出たりは?」


「ありませんわ!」


「一度も?」


「ええ。」


「………」


「今回の石板は研究所としてはお宝と言えますわね。」


「なんて書いてあったの?」


「『浴室』、『トイレ』、『従業員入口』だったかしら。」


「お宝?」


「もちろんよ、古代文字が彫られた石板自体がなかなか出ませんのよ。」


「大変なのね。」


「そうね。」


「他は?」


「アクセサリーによく似た物が2つ、王都の文献に照らしてみる必要がありますわ。」


「もう、王都に帰るの?」


「書類を書いて、遺跡を元に戻してからですので3、4日後かしら。」


「えっ、そんなに早く?じゃあ、送別会しないと!」


「お気持ちだけで十分ですわ、アース様はそうお思いです。」


「そうはいかないわよ。」


「そうですか。」




「アースさんは所長さんなのよね。」


「そうですけど??」


「凄く強いのよね。」


「ええ、私より何倍も強いエルルでも歯が立ちませんの。」


「格好もいいわよね。」


「そうね。」


「何であんなに影が薄いの?」


「プッ……恥ずかしがり屋さんなのだと思います。」


「あの若さで研究所の所長なのに?国立の研究所よねぇ。」


「確かにそうね。」


「送別会に来てくれるといいな。」


「そういうことには律儀な方です、心配はいりませんわ。」


「王都まではどれくらいかかるの?」


「2ヶ月位かしら。」


「野営もするの?」


「もちろんよ。」


「怖くない?」


「最初は怖くて眠れなくて……」


「慣れる?」


「ええ、時間はかかりましたけど。」


「いつか行ってみたいな。王都。」


「遊びにいらして、歓迎しますわ。」





 送別会は深夜におよび、お祭り状態になった。


 書類や増えた荷物の整理も終了。


 遺跡の現状回復も村の有志が集い、無事終了。




 村を出る日の早朝、ロイド家族と村長が宿の前で見送る。


「お世話になりました。ロイドさん。」


「こちらこそ、ありがとうございました。アースさん。道中、お気をつけて。」


「アンナ、王都に到着したら手紙を書きますわ。」


「うん、待ってる。」


「ハッ!」


 動き出す馬車。


 村を出ると緩い下り坂。


 手を振るロイド親子の姿が見えなくなる。


 坂を下り切ると突き当たりに湖。


 左に曲がり、もう一度村の方向を見るとアンの墓標がある辺りに手を振る3人の人影。


 遠くてその人影がだれなのか識別できない。

 ロイド、アンナともう一人は………アンのように……見えなくもない。

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