19. 悪い子アンナ(仮)
その日の夜中、就寝中のアースを奇妙な音が起こす。
「何だろう?」
聞き耳を立てる。
「怒鳴り声?」
部屋を出て声の位置を探る。
(アンナ?)
聞こえる声も感じる魔力もアンナそのもの。
(レストランからだ。)
一階へ続く階段を降りると声が明確になる。
「お前だろ!お前が殺ったんだろ!言えよ!なあ!」
アンナの声だった。
人を殴っているような鈍い音が何度も何度もアースの耳に入る。
(本当にアンナなのか?)
感じる魔力は明らかにアンナだが、普段のアンナからはとても想像できない罵詈雑言。
(『多重人格』の雰囲気がこんな感じか?)
「アース様。」
背後からエルルが声を掛ける。
「………心配………いらない……」
(この声はロイドさんでは?)
「ああ!何だとぉ!……お前がぁ……」
怒鳴り声の後にまた、何度も鈍い音が聞こえる。
「やめろ!アンナ!」
たまらずアースが出る。
追ってエルルも出る。
ロイドに馬乗りになって殴っていたアンナがこちらを睨む。
雰囲気も目つきもまるで別人だが感じる魔力は同一人物のものだった。
「アース様!違う!アンナじゃない!」
向けられた魔力で相手の強さがわかるエルルは別人と判断。
アンナを取り押さえるために動こうとするアースだが体が拒否した。
原因は背後から感じる明らかに異質な魔力。
既にエルルは部屋の隅で小刻みに震えている。
「カーラじゃない!カーラじゃない!カーラじゃない!おかしい!おかしい!怖い!怖い!怖い!」
顔面蒼白で呟くエルル、既に粗相している。
(カーラだと!魔力は別人だぞ!)
アースの横をゆっくりとその魔力が通る。
視線だけで魔力の方向を見るアース。
(カーラ!)
魔力はこの世のものと思えないが、見た目はカーラそのもの。
(『憑依』されている人物がこんな感じか?)
「アンナ、もういいのよ、私は大丈夫。」
カーラ……の姿をした何かがアンナに優しく語りかける。
「お母さん……」
アンナは迷うこと無く、そう言った。
(やっぱり!やっぱりアンさん憑依してるの??)
カーラに憑依したアンがアンナを優しく抱きしめる。
アンナの全身から力が抜ける。
同時にカーラもへたり込む。
カーラが正気に戻り、急に立ち上がってキョロキョロと周りを見渡す。
カーラは物音で目を覚ましてから今までの記憶がない。
「エルル!」
足元にいる血だらけで気絶しているアンナとロイドより先にエルルに気付くカーラ。
即座に走り寄る。
「カーラ!カーラだよね。」
恐怖と安堵でおかしな苦笑いをするエルル。
「エルル!あら嫌ですわ!」
エルルの粗相に気付き慌てて毛布と雑巾を取りにその場を離れるカーラ。
エルルは放心状態。
アースは即座にアンナとロイドの状態を確認する。
(これは酷い。)
アンナの両指は親指を除く8本の骨が折れ、あさっての方向を向いている。
ロイドも顔面が腫れ上がり歯が何本か折れていた。
魔法で密かに治療するアース。
完治すると不自然なので擦り剝いた程度に留める。
呆れるほど器用に魔法を使う。
「ふぅ。」
椅子に腰掛け一息つくアース。
カーラが戻り、毛布でエルルの腰まわりを隠し床を手早く拭きつつ状況を確認する。
放心状態で粗相しているエルルに血まみれで失神しているアンナとロイド。
疲れ果てグッタリとしているアース。
カーラは、エルルの粗相に聞き覚えがあった。
かなり前の出来事だが、アースとエルルが道場で手合わせをした後同じように粗相したとスリマから聞いていた。
「アース様、何をいたしたのかしら?」
「「いや、アンタだよ!」」
アースとエルルがつっこむ。
「え?」
「カーラ、どうやってここに来たか覚えている?」
何とか持ち直した心で、情報の共有を図り始める3人。
「物音で目を覚ました次の記憶はそこですの。」
と言って先程正気に戻った場所を指差す。
「カーラはエルルが恐怖する程の雰囲気を漂わせてアンナを沈めたのです。」
アースの説明でエルルが思い出して身震いする。
「アンナを沈めたとはどういうことですの?」
「アンナはとても正気とは思えませんでした。」
アースはこう呟きながらアンナの言動を思い返す。
「酷い言葉を浴びせながらロイドさんを殴っていたのよ。」
「酷い言葉を?アンナが?」
(やはりカーラは聞こえても見えてもいなかったのか?)
「その時にカーラが『アンナ、もういいのよ、私は大丈夫。』って言いながらアンナを抱きしめたの。」
「わたくしが?そのようなことを?」
「そうしたらアンナが『お母さん』って言って気絶したの。」
「わたくしをお母さんと?」
「それと、ロイドさんが殴られながら『心配いらない』と言っていたように聞こえました。」
「情報はこれで全てですの?」
「そうですね。出尽くしたかと……これを踏まえると……」
アースは考え込む。
エルルが口を開く。
「アンナはカーラの子供?」
脳筋キャラができ上がりつつあるエルル。
「違いますわ!」
(カーラは嘘を言ってはいないだろう、全て演技としても、あの魔力は説明がつかない。)
「アンナは私とアンの子です。」
ロイドが目を覚ます。
「お身体は大丈夫ですか?」
アースが声を掛ける。
「ええ、不思議なくらい、もっと酷い怪我を覚悟していました。」
「アンナはわたくしが部屋に運びますわ。」
「私もいくわ。」
「エルルは部屋で着替えてらしたら?」
「あ、はい。」
アースとロイドの2人を残し、ロイドが自供しやすい場をお膳立てするカーラ。
「アンが疾走する3ヶ月くらい前なのですが……」
(本当に自供するんだ。)
「アンは度々怪我をするようになりまして。」
(悪い子アンナ(仮)の仕業か。)
「アンナはそれはもう心配していました。」
(良い子アンナ(仮)の時か。)
「アンはアンナに私と少し喧嘩をしたと伝えていたのです。」
(言えないわな。)
「私は喧嘩などしていなかったので、アンに真意を聞きました。」
(ロイドさんは怪我なんかさせないよな。)
「すると、怪我の原因はアンナだったのです。……でも、アンナに怪我をさせた記憶がないと……」
(ロイドさんには衝撃だっただろう。)
「それから日を追うごとにアンの怪我は酷くなって、アンナの手にも傷ができるようになりました。」
(あぁ。)
「アンナは自分の知らない何かに気付き始めました。」
(そうなるよね。)
「その様子を見たアンは自身を責めて……疾走を……」
(憑依したアンさんが言っていた『私は大丈夫』は、アンナを安心させたかったのかも……切ないな。)
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