第10話 やっぱり俺が始まりか
「実はね。私、お兄ちゃんに首輪をつけた……じゃなかった」
「え?」
どんな夢を見ているのか、ただ気が緩んだだけなのか。とんでもないことを口走った気がするのだが……。
いったい、俺が死んでから、俺の妹に何があっと言うのだろうか。
しかし、ヒヤリと背筋を虫が這うような錯覚を抱いたが、むにゃむにゃしているところを見ると、おそらく慣れない寝床に眠りが浅いということらしい。
セーフ。
いや、何がセーフなのか自分でもよくわからないのだが、あれだ。きっと、本で学んだ知識が混ざってしまったのだろう。もしくは、俺の体が小さいし、子犬とかと間違えたんだ。そうそう。そうに違いない。
しかし、寝言に話しかけるのはよくないと言うし、どうしよう。放置しようか。
「ねえねえ」
話しかけてきた。俺は、お腹のツボ押しスキルでも得たのかもしれない。
ただ、妹とはいえ、女の子のお腹を執拗に触るというのははばかられる行動だろう。が、この際、物は試しだ。
俺は再度、天華のお腹を押してみた。
「私、さみしかったんだ。一人になって。別に、お兄ちゃんがいなくなったって、お兄ちゃんがいなかったことになったりはしないし、それはわかってた。でも、事が済めば、元の生活っぽく戻っちゃってさ」
「……なるほどな」
これが、天華が変わったきっかけってところか。
どうやら本格的に、俺はツボ押しスキルでも手に入れたのかもしれない。
ただ、たしかに悲しい話かもしれないが、人生なんて、そういうものだと俺は思う。
俺が死んだ立場だから、こんなことを言えるのかもしれないが、人が死んだからって、元の生活から逸脱できるほど、人は特別な存在でもない。
それでも、話を聞いている限り、俺は安心できた。
妹の天華は、俺との買い物の最中、真っ只中で、俺がトラックに轢き殺される瞬間を目の前で見てしまったはずなのだ。だから、トラウマになって、何もできないような状態にならなかったのは、不幸中の幸いだったと思う。
いくら冷えた関係でも、実の兄が目の前で死ねば、一生物のトラウマになりかねなかったことは、想像にかたくない。
しかし、イヤイヤをする子どものように、天華は首を横に振った。
「私はそれが受け入れられなかった。受け入れられなくて、それで、お兄ちゃんを生き返らせることができないかって、色々やった。けど、今の技術じゃ、無理だった」
「まあ、俺は覚えてないけど、覚えてないくらいにはひどかったはずだしな」
いくら現代医療の技術が優れているとはいえ、死んだ人間を生き返らせることはできないだろう。
「それで、勉強ってことか……」
早口で言っていた中での勉強。何やら学んだと言っていたが、なるほど、そういう意味での勉強だったのか。
独り言のつもりで言った言葉だったが、これには天華も首を縦に振った。ただ、そこには何かありそうではある。まだ、何か。何かはわからないが……。
それにしたって、俺きっかけで勉強を始めてくれたこと自体は嬉しい。
元々天華は、俺と違って要領がいい方で、成績優秀という話だったから、勉強自体はできたはずだ。それでも、好きという感じ、熱心に取り組んでいる印象はなかった。
たとえ、結果が実らなくとも、勉強が邪魔になるということはないはずだからな。
しかしきっかけが俺でも、俺の死ってのは、俺としては良いんだか悪いんだかってところか。とはいえ、仲良しこよしの兄妹ってわけでもなかったのに、そこまでしてくれてたのか。
いや、こうして俺のところまで来ているってことは、実ったのか? どうして?
ふと浮かんできた疑問に答えるように、俺の思考を読み取ったように、天華はまたしても口を開いた。
「うち、本多かったでしょ?」
「ああ」
一部屋まるっと本棚部屋にするくらいには、うちは本に恵まれていたと思う。どれだけ読んでいたのかわからないが、本はとにかく多かった。
子どもでも読めるような本やマンガばかり読んでいた俺は、難しそうな専門書は手に取るだけで、中身までは見ていない。
しかし、一部屋を割くほど本が置いてあったので、中には、怪しげな黒魔術の本とか、白魔術の本とか、そういった魔法的な内容を謳った本から、都市伝説や名も知れぬ地域の伝承を扱った本とかも置いてあった。
俺の買った本も、一部そこに置いていたので、目についた印象深い本に関しては俺も覚えている。
「医学の本があったとは驚きだな」
だが、この言葉には、天華は首を横に振った。
「私が見つけたのは、怪しげな本の方だよ。その本の中身を試してみたんだ。色々とね」
「見つけたって?」
ふふっ、とまるで起きていて、俺の反応を見て楽しんでいるかのように、天華は笑った。
だが、決してそんなことはなかった。天華は寝ている。疲れて眠ってしまっている。
それでも、まだ起きているように語る今の妹の姿を見ていると、俺が夢の中なのではないかと思えてくる。
ただ、言葉がそこで途切れることはなかった。
「私が見つけた本の内容はね、異世界へ渡る方法」
「異世界……」
「生きてた頃に使ってた物とかがあれば、今のその人に会えるって、占いとかでありそうな内容だったんだ。でも、もう尽くせる手は尽くしたつもりだったから、頼みの綱って感じで試したの。半信半疑だったけど、やってみるものだね」
できちゃった、と天華がはにかんだように見えた。
ただ、これは気のせいだろう。今もまだ寝顔のまま、天華の表情は大きく変わった様子はない。俺にそう見えたというだけのことだ。
しかし、天華のことは何かやりそうなヤツだとは思っていたが、こんなよくわからないことを実現してしまうヤツだとは思いもしなかった。
ただし、これも、俺きっかけでってのがいただけない。兄が死んで、妹が行方不明となれば、あっちもまた大変なことになってそうだし……。
「天華、戻る方法は?」
寝ている妹に明確に聞くことに抵抗はあったが、ここまできてしまえばもう今さらだ。
「ん? さあ?」
だが、今回ばかりは、妹にもわからない様子だった。
眠そうにふわぁとあくびをしているから、真偽の程は定かではないが、俺と一緒に帰れる手段があるなら、魔力が足りないとか、そういう理由がない限り、今の天華が使わない理由はなさそうだ。
となると、本当な気がする。
しかし、行きだけって……。そんなことあり得るのか? もしかして、こっちの世界に帰り方の本があるのか?
何にしても、来てくれたのは嬉しい限りだが、妹に甘えてもいられない。
「だからね。もう離したくないの。お兄ちゃんのこと。何があっても、絶対」
そう言う天下の言葉には覚悟が乗っているように感じられた。先ほど抱き寄せた俺を強く抱きしめ、それから天華は完全に眠りについたようだった。
心労をかけた身として、何やってんだと怒れない。だが、天華をこんな世界に長居させ続けるのもかわいそうだ。この様子だと、俺と一緒というだけで積極的に帰ろうとしない気がする。
この世界は、俺一人でグータラするならいいが、天華がいる以上、今はそうではない。
なんとしても、天華を地球へ、元の世界へ帰すんだ。
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