第21話 正気になってくれ妹よ

 とまあ色々あったが、ヘビはもういないぞ、と言って、天華には正気を取り戻してもらい、奥へ奥へと進んでいく。あいかわらず、警戒しつつのダンジョン道中だ。


 とうとう入り口の光は見えなくなり、ダンジョンはダンジョンらしく入り組んできた。


 クモ、ヘビとの連戦だったことから、すぐにダンジョンの奥に到達してしまい、特に何もありませんでしたという結末を危惧していたが、残念ながらそんなことはなかったわけだ。


「意外と広いね」


「だな。なんつーか、ダンジョンって感じだ」


「そうでしょ?」


「そうだな」


 しかし、素人からするとそれ以外のコメントも出てこない。


 これが、名うての冒険者とかだったならば、構造から傾向を把握し、対策を練ることができたのかもしれないが、今までニート生活しか送ってこなかった俺には無理だ。


 ゲームでは見てきても、当然、今みたいな画面越しじゃないダンジョンなんて、一度として見たことはない。正直、圧倒されているだけだ。


 石切場みたいなのが近いかもしれないけど、それも、うろ覚えのテレビ映像だった気がする。


 まあ、そんな状態でも平静を装って、冷静な感じで立ち回れるのは、確実に妹である天華がいるからだ。しっかりしないと、と気が引き締まる。


「……ここならお兄ちゃんを拘束しても問題ないんじゃないかな」


「なんだ?」


「あ、いや、えっと、な、何かな? お兄ちゃん」


 チラチラと俺を見て、ニヤニヤしていた天華に、普通に話しかけたはずなのだが、驚かせてしまったようだ。


 なんか、変な企みをしていたんじゃないかと不安になる。


 だが、天華に限ってそんなコトはないだろう。そんなことはなく、情報整理だと思いたい。


 けど、聞き返されているとなると、何か言わないとか。


「さっきのコウモリとかは大丈夫なんだなと思ってな」


「ああ。そのこと」


 いったいどのことだと思ったのか聞きたいところだが、俺の質問に答えようとしているのに、さらに追求するのはあまり良くないか。


 天華も安心したように胸を撫で下ろしているしな。


 いや、なぜ?


 俺を巻き込む作戦でも練っていたのだとしたらやめてほしいんだが。本気でやめて欲しいんだが。


 そんな、俺の不安をよそに、天華は質問に答えてくれた。


「だって、小さくてバラバラだったから怖くないよ」


 あと、哺乳類だしね。とのことだ。


 こっちに、哺乳類とかそういう地球の知識が適応されているかは謎だが、それにしたって、ドラゴンはどう考えても哺乳類じゃない。そのうえ、今いるダンジョンで出てきたどのモンスターよりもデカい。やっぱり不思議だ。基準がわからん。


「それより」


 と、なんか見覚えのある動きで、俺の前に出てきた天華は、俺をとおせんぼでもするように腕を広げた。


 歳を当てる話は誤魔化せたはずだが、我慢しかねたのだろうか。なんだろう……。


「お兄ちゃん」


「はい」


「お兄ちゃんのかわいさを隠してるのは、世界の損失だよ」


「……。はい?」


「だから、お兄ちゃんのかわいさ」


「聞こえてる。聞こえてた。何? 俺がかわいいって? それに、世界とはまた大きく出たな」


「出るよ。大きくも出るよ。モデルになれるよ。出てきたんだもん」


 俺の服、ローブが、先の戦いでボロボロに破れてきていて、中が見えてきている。


 中にある何がって、別に卑猥なものは見えていない。着ている服はやけに丈夫なんで、そっちの方は無傷だ。だから見えているのはその服の方。そう、俺の服。


 なるほど。そういや天華はご執心だった。ローブを着るなと、結構な剣幕で言われていた気がする。


 そんな天華が、俺の服ビリというかダメージ演出を見て、興奮するのも無理はない、か……?


「もう、脱ぎなさい」


「なんでだよ。それ逆だろ絶対」


 いや、妹を脱がす兄ってどんな兄だ。


「って違う。そんなことより、ローブを作ってくれよ」


「隠すのは損失だよ」


「隠さないのが俺の損なんだが? さっき約束してくれただろ」


「お兄ちゃん一人で独占するのは不経済だよ」


「独占しているつもりはないけどな」


「してるよ。してるじゃん。どう見たって独占だよ。禁止されてしかるべきだよ。だって、そうして隠してるんだもん。ほら、もっとよく見せて」


「やめろ! 俺はそこまでの自己犠牲精神を持ち合わせていない。誰彼構わずこのカッコを見せるつもりはない。って、なんか力強いな。こんな力どこから出てるんだよ!」


「愛ゆえ」


「愛ってなんだよ」


 またしても、はあはあ言いながら、鼻息荒く迫ってくる天華。


 こんなところで火事場の馬鹿力を出してくるな。


「おい。約束と違うぞ」


「そんなことした覚えないもん。ほらほら。脱いだ方が楽になるよ」


「ほっほ。楽しそうじゃのう」


「「は?」」


 声がハモった。


 今大事な話をしているのだが、邪魔するように声をかけてきた。


 気づけば壁。行き止まり。宝箱が見えるような場所まで来ていた。


 それなのに俺は、あまりの大切さに少し周りを見ていなかったようだ。


 まったく、俺もまだまだあまちゃんだな。大切なものしか見えないなんて。


 もう少し周りが見える大人になりたいものだぜ。

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