第22話 ボスの相手をしてやるか

 俺たちを待ち受けていたのは醜くシワが寄った老人。


 天華の放つ光に照らされ、頭頂部が光り輝いているようなじいさんだ。


 だったが、俺はそんな奇抜な老人を無視してしまっていた。


 にわかには信じがたいが、正直かわいいカッコを妹に求められることを訂正する方が大事だった。


 今は天華の意識が切り替わっているから、俺もこのじいさんに集中できる。


「入ってきた時は驚いたが、なかなかに時間がかかったな。待ちかねたぞ」


 さっきも楽しそうとか言っていたが、何を言っているのかよくわからないじいさんだ。ダンジョンの中だというのに危機感がない。


「待ちかねた?」


 俺は素直に聞き返した。


「ああ。入ってくるまでの時間も含めれば、信じられないほどの時間じゃった。して、この地に流れ着いた勇者はどっちじゃ?」


「勇者?」


 聞き返してみたが、答えはやはり、わからない、だった。


 今の言葉から、勇者の存在はいるらしいとわかるが、勇者がどこにいるかなんて知らない。まして、俺たちのどっちかが勇者なんてことはあり得ないだろう。


「知ってるか?」


「さあ?」


 俺と顔を見合わせた天華も、当然知らないらしい。首をかしげて見せる。


 そして、その仕草がトリガーにでもなったように、ノールックで老人に向けて魔法を撃った。


 よくもまあ、ここまで耐えたもんだとほめてやりたいくらいだが、どうやらそうもいかなかった。


「ほっほ。いきなり何の挨拶もなく、魔法をぶっ放してくるとはな。元気のいい娘じゃ」


「嘘」


 俺としても信じたくない現実だが、老人は無傷だった。さっさとあの口を黙らせたかったが、どうやら思ったよりもやり手らしい。


 およそ、人のものとは思えない、紫色の肌をあらわにしたものの、その皮膚表面には傷跡ひとつついていなかった。


 ここまでのモンスターはどれも、正気さえ保っていれば、天華の一撃で倒せない相手はいなかったように思う。が、どうやら最奥、ボスといったところの老人は、そこらのモンスターとは違うようだ。


 天華が、老人という見た目ゆえに手を抜いたのかとも思ったが、決してそんなことはないらしい。


 天華の反応、あと、ビリビリきた空気感からそうでないと言える。


 他の証拠があるとすれば、老人の背後。その壁が崩れ、最奥と思っていたダンジョンに続きが見つかったというところだろうか。


 まるでここで終わりと言いたげに置かれた宝箱のその奥には、人の影が見える。よく見えないが、小さい女の子のようだ。


「あーあー。見られてしまったか」


 言葉に反して、さして気にした様子もなく、むしろ、心から今の状況を楽しむように、老人は、ふぁふぁと息を漏らすように笑っている。


 不快な態度に、ここまで傍観を決め込んでいた俺の顔も歪んでしまった。


「お前……」


「そっちのチビも元気みたいじゃな。いや、これが笑わずにいられるか。勇者にビビって引っ込んでおったが、飛んだ取り越し苦労じゃったのでな。安心して笑ってしまったわい」


「何が言いたい?」


「お主ら二人ともが勇者じゃったとしても、取るに足らぬとわかったということじゃよ。ワシの理論に、初めから穴などなかった。魔法において、才能が経験年数を上回ることは、ない」


 そしてまたしても、老人はふぁふぁと息を漏らすように、気色悪く笑みをこぼした。まるで最初からそこにあったかのように、気づけば手元に移動していた幼女と水晶を撫で回しながら。


 そのロリっ子は、体を守るように小さくなっていて、まるで、石のように動かない。


「おい。お前の汚い手で女の子に触るなよ」


「おいおい。孫という関係かもしれないじゃろう?」


「そんなわけないだろ。どこのじいさんが孫をダンジョンに幽閉するんだよ。そもそも、肌の色が違うじゃないか」


「おーこわいこわい。たしかにワシはこの娘の祖父じゃない。が、これはワシのものじゃ」


「ものだ?」


 怯えるように縮こまってみせるが、老人は決してその手を止めようとはしない。


 撫でるというより撫で回すような老人の手つきは、止まることを知らない。


 その手は、幼女の体に執拗に触れている。


「おい。ふざけるなよ」


「今度は何じゃ」


「俺の言ってることがわからないのか? やめろってことだ」


「わからないなぁ。何せ、これはワシのものじゃ。ワシのものをワシの意思でどうこうするのは自由じゃろ。他人にどうこう言われる筋合いはないわい」


「ああ。そうか」


 気色悪さ、気持ちの悪さにしてみれば、おそらく、これまで見てきたどんなモンスターよりも気分が悪い。


 俺の感覚では、ここまで腐った育ちをした老人というのは見ていられない。それに、天華の教育にもよくなさそうだから、用がないならさっさと出たい。が、こんなものを見せられてはタダで出るわけにはいかない。


 それに、天華の手前、チビだの取るに足らないだの言われて黙っているってのも、土台無理な話だ。


「ものとかなんとか、どうやら所有物ってのが大事らしいな」


「なんだ? ほしいのか? それともワシのものになりたいのか?」


「どっちもごめんだ。ふざけるな。そうじゃあない」


「じゃあ何じゃ」


「このダンジョンは、お前の所有物ってことになるのか?」


 俺の問いに、あっけに取られたようにしつつも、老人は調子を取り戻したように、息を漏らしながらの笑みを作った。


「ほっほ。そうじゃな。このダンジョンの中にあるものはワシのもの。自然などすべてワシに所有されるためにあるといっても過言ではない」


「なるほどなるほど。そうかそうか」


「なんだ? やはり半分くらいほしいか?」


「半分、か。ふっ」


 声に出して思わず笑ってしまった。悪党というのは、得てして同じような語彙しか持ち合わせていないのだな。


「何がおかしい」


「いいや。別になんでもないさ」


「なんでもないことはなかろう。ワシの考えにケチがあるんじゃろう?」


「まあそうだな、ケチってところか。でも、やめろと言ってもやめないんだろ? だったら、こういうのはどうだ?」


 老人はそこで、ようやく幼女を撫でる動きを止めた。俺の続く言葉を警戒するように、チビと罵った俺のことをじっと見つめている。


「ヘビに言葉を教えたのはお前だろ? ここまでのこと、この中のこと、色々と話してくれたぜ?」


 手に持つ水晶を取り落としそうになりつつ、老人は驚いたように目を見開いて固まった。

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