第23話 そう取り乱すなクソジジイ

「ほっほ。それがどうした」


 取り乱した老人が最初にしたのは、誤魔化すように笑うことだった。


 ただ、こんなこと指摘するまでもないことだ。来るまでの間にいて、たどり着いたということは、倒してきたことに他ならない。


 会話していようと、もうヘビという証拠は残っていないのだ。


 それでも取り乱しているということは、やはり、群れたりすることに対して、魔物なりの意地があったらしい。


 人と形が近いことや喋り流暢さ、こいつがヘビに言葉を教えたとして、何ら疑問はない。が、手を止めさせたところで、この老人、スキらしいスキは見せない。あまり丁寧な戦いに慣れていない俺としては、幼女を人質に取られている状況というのは対応に困る。


 ない頭で必死に次の手を考えていると、老人はグイッと水晶を持つ手を突き出してきた。


「見えるか?」


 脈絡のない発言をした意趣返しかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。


 老人の突き出す水晶、どうやらそれはただの水晶ではないようだ。


 スノードームのようにまるで中に何かがあるように、水晶は建物を映し出している。いや、ただの建物だけじゃないな。


「これは、村……?」


「そう」


 またしても老人はふぁふぁと気持ちの悪い笑いを漏らす。


 今回ばかりは連発させるように長く長く。


「ふぁふぁふぁふぁふぁ」


 はっきり言って、この老人の態度は、他人と接する時の態度じゃないと思うのだが、これは魔物相手に言っても仕方のないことだろう。


「村がどうした? 珍しいものを自慢したかったのか?」


「自慢? まあ、そんなところじゃな」


 それこそ自慢でもするように、子どもっぽく老人は笑った。


「この村はワシが潰した」


 潰したなんて、物騒な表現をしているが、それにしてはキレイな状態を保っているように見える。


「それにしてはキレイ、とか思ったか?」


「……」


「そうだろうそうだろう。皆そう思うのだからな。決して恥じることはない」


 きっと先ほどの指摘が恥ずかしかったのだろう、老人は取り繕うように不吉に笑いながら、人がいると思って、誘われてくるんじゃよ。と付け加えた。


「魔物も人も、魔獣すらも、この村は潰されているというのに、人がいると思ってやってくる。人がいた頃のように保たれ、キレイじゃからな。人がいないことには入ってみないと気づかない。そして、気づいた時にはもう手遅れじゃ」


 老人の言う通り、水晶に映された村の映像には、人の出入りが一切ない。


 人が出ていない。出てこない。


 たしかにキレイだが、なんだろう。生活感がないというのか。よく見ていると不気味な雰囲気を感じ取れる。


 そうこう考えつつ眺めていても、人の影は一向に映り込む様子はない。無人。ひたすら無人。


 老人はそんな俺の様子を見て、ニタリ、と笑った。やっと安心できたとばかりに、ニタニタと。


「で、それがどうしたんだ?」


「ほっほ。わからないのか? じゃが、もう少し頭を使ったらどうじゃ。本当に先を急ぐ娘じゃな」


「そいつはどっちだ? 過去の栄光を振りかざさないと精神を安定させられないような老人が、若者に対して何ができると?」


「……。あまり調子に乗るなよ? ガキの分際で大口を叩くな。ワシの能力は固定じゃぞ」


 突如、老人は能力を明かしてきた。


 強い能力を明かしてまで、取り乱していることを隠したいみたいだが、ここまでくると隠しているのか疑わしいレベルだ。


「へぇ。固定」


「そうじゃ。クモの糸や、ヘビの巻きつきなどとは比べるべくもない。聞いておののけ、絶望し、今に負けを認めひれ伏すといい。動けずに撫でられ続けるのだからな」


「言葉が安っぽいんだよ。そいつが年の功からくる贈り物か?」


「ほっほ。同族を盾にされている状況で、虚勢を張るのも大概にしておけ」


「虚勢ねぇ。さっきから早口なヤツには言われたくないな」


 だが、固定というのなら、その間に村の人たちはやられてしまったのだろう。


 当たったはずの天華の攻撃が無効化されていたことも、おそらくその能力と関係があるはず。


 そして、石のように動かない。再度撫でられ出した目の前の女の子にしてもそうだ。固定されたように、彫像のように動かない。


「ま、お前の能力とかはさして関係ない。今はとにかく、その手を離せ。いい加減言うことを聞かないなら、俺も手を打つぞ」


「とうとう仮面が割れたか。威勢の良さは若さゆえの特権じゃが、使いすぎれば後悔するぞ。それに、この娘はワシの手の中じゃ。どうこうしたいなら奪い取って見せろ」


「固定までして、このゲスが」


「なんとでも言うといい。人の歳はこれくらいがいいからの。さらって来たこの娘は、さらってきた時のまま固定してある」


 寸分狂わず、歳も取らず、怯え小さくなったままじゃ。と老人。


 そうして、舐めるような手つきをさらに加速させ、老人は幼女で撫でまわす。


「入ってきて。クモもヘビも、ここまで全て倒した胆力には驚かされたが、ホイホイ入ってきたお前も、このワシが固定してやろう。隣の娘と仲がいいみたいじゃからな、同じ場所に置いておいてやろう。特別じゃぞ。毎日端正に撫でてやる」


「ごめんだな。遺言はそれでいいんだな? クソジジイ」

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