第24話 歳にふさわしく散れ
老人は体を大きく見せるように両手を広げた。それでも幼女を離さない。
変態ここに極まれりだな。
「喜べ女児。鮮度が落ちる前に、このワシのコレクションに加えてやると言っているのだ」
「黙れ。誰が女児だ」
まあ、見た目は女児だ。そりゃ知ってるが。
「お前みたいな自分の能力をペラペラと語るような阿呆に負けるはずがないだろ?」
「ほっほ。以前、魔物の娘を取り逃がしたからな。そのうさを貴様で晴らすとするかの」
「へー、なるほどな。そいつは俄然燃えてきた」
俺は一歩踏みだす。
固定とか言いながらまだ発動していないようだ。動けないかと思ったが、全くそんなことはない。余裕しゃくしゃくだ。
が、しかし、俺の動きに、老人はニヤリと笑った。
ぬちゃと音がすると、俺の足は、まるで骨ばった手で包み込まれるように地面に受け止められた。
「気持ち悪っ!」
「ほっほ! どうしたどうした? 先ほどまでの威勢のよさはどこへ行ったのじゃ? そんなところで止まってしまうとは、やはり見かけ通りの女児だったわけか」
イヒヒと笑う老人の様子から手に取るように状況がわかる。
俺はもうすでに何かされている。
おそらく踏み出した右足。この足に絡みつく手が老人の技。すなわち固定の正体だろう。
「お兄ちゃん」
「動くな」
「でも」
「大丈夫だ。天華は気にするな」
天華の不思議そうな様子。そして、何ともないところを見れば、止めて正解だったのだと思う。
これはきっと、動くことがキーで発動する能力ということだろう。
固定と言いつつ、どうやら蟻地獄というか、流砂みたいな能力なのだと思われる。
この感じからすると、動けば動くほどドツボにハマるタイプの技。老人の言葉を借りれば、魔法。なのだろう。
「ほっほ。そのまま動かないのか? しかし、大股を開いた女はいいよなぁ? 勇ましい割に自分の非力さを理解していない。そんな様子がなんともそそられる」
老人の興奮を感じ取ったのか、ヒタ、と俺の足を掴む不可視の手が少し、ほんの少し動いた。足を掴む手は、俺の足をよじ登るように上へと進んできた。
俺がにらむと、老人はいかにも楽しそうに、ニタニタと笑みを歪めた。
どうやら、一度発動してしまえば、俺の動きに関係なく、この手は俺の体を止めようと動くらしい。
けがらわしい。そして、気持ち悪い。
が、こんな少しの動作でここまでの情報を与えてくれるとは思ってもいなかった。タネがわかればこんなもの、怖くもなんともない。
「たしかにそうだな」
「何がじゃ?」
俺の言葉に、老人はわからないといった風に首をかしげた。
「お前の言ったことだよ。俺も、足を開いている女の子には興奮するな」
「やはりそちらがわかるか。ますます興が乗る。ふあふあ」
「何を気持ちの悪い妄想をしているのか知らないが、それは俺が思春期の男子だからだぞ」
「シシュンキ? ダンシ?」
老人のクセにピンとこないらしい。どうやら、いや、やはりと言うべきか。この世界には思春期という言葉はないらしい。
老人が知らないだけという可能性もあるが、そこまで考えても仕方がない。俺の知ったことではない。
「そもそもだ、お前のそのなりで俺より若いってことはないだろ? ならジジイだ。ジジイのクセに、今もまだ思春期ってこともないだろ? ないよな?」
「ハ?」
老人は何を言っているのかわからない。そう言いたげだ。
だが、バカにされていることは伝わったらしい。
楽しそうに歪んでいた顔が怒気を帯びるように引きつっている。今にもピキピキと聞こえてきそうなほど、元々シワまみれの顔にシワを寄せている。
「いい歳して興奮とかしてんじゃねぇって言ってんだよ」
「貴様ァ。ワシをそこらの猿と同類に語っているのか?」
「そういうことだ。今の様子だと猿なんかよりよっぽど醜いぜ」
プルプル震えている。いいぞいいぞ。もっと怒れ。
その怒り、興奮に呼応するように、俺の足を掴んでいた手は、のっそりとしたスピードを跳ね上げる。
ヒタヒタ、ピタピタ、パタパタと。
あっという間に足首まで上り、その手は、すね、膝、太ももへと迫る。
「貴様ッ! 後悔しろ。女として」
老人も叫ぶ。俺の行動に怒り心頭とばかりに、ツバを飛ばし目を血走らせながら、俺に何事かを叫んでくる。
今までの、多少は余裕のあった物腰を、全く余裕を感じさせない勢いへと変換してから、老人は叫び続ける。その言葉が聞き取れないほどの早口で。
俺はそこで、即座に剣を突き立てた。
「お兄ちゃん!」
俺のその動作に、天華もまた悲鳴にも似た声をあげる。
が、その声が発された位置は先ほどから動いていないようだ。
「偉いぞ天華。大丈夫だ。俺は自分を刺しちゃいない」
「え?」
パンッ!
「え!?」
何事か、と天華は音の方を見たようだ。それくらい見ないでもわかる。
当然だ。怒りに任せて叫んでいた老人は、内側から弾けるように破裂したのだから。
天華方からは何が起きたかわからない、そんな声が聞こえてくる。
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