第25話 種明かしをしてやろう

 怒りに任せて登ってきていた手は、気持ち悪さと一緒に跡形もなく消えていた。


 その瞬間、俺は弾けた老人を突き飛ばすようにして、幼女の間に割って入った。


 老人の体は魔物の肉体。それに、天華の魔法を防ぐほどの魔法の使い手だった。流石に、ローブはその肉片に耐えられなかったが、女の子の方は無事だった。


「危ない危ない。危機一髪ってところだな」


 俺の読みが間違っていて、老人に一撃入っても手が残り、ずんずん登ってきていたら、こうはいかなかったかもしれない。


 だが、魔法であるなら、ある程度のコントロールが必要だという読みはあった。実際、老人が大事に守っていた隠し部屋には、今俺が守った女の子以外に人がいなかった。


 放置でどうにでもなるのなら、もっと大勢連れ去られていてもおかしくなかったはず。いや、それは違うか……。


「どお、して……」


「まだ生きてんのかよ。ゴキブリ並みの生命力だな」


「ほっほっほ。たとえ老いさらばえたと言われようと、他の優秀だったヤツらより、長く生き残ってきたのじゃ。ワシを舐めるな」


「へいへい」


 まあでも、実際経験値量ってところは、一流ではあったのだろう。


 天華の攻撃を防いだという事実だけを見ても、その実力の高さはうかがえる。魔法に詳しくない俺でも、村一つ潰し、潰した村の状態を維持し続ける能力が、高い実力の裏打ちということくらいはわかる。


「しかし、聞いてることが蛇と一緒ってのは面白いな。やっぱお前が教えたみたいだな」


「……どおして」


 これには老人は答えなかった。


 肩から上が綺麗に寸断され、そこから下は形も残っていない、ゾンビの残骸みたいな老人は、驚いたように目を飛び出しながら、どおして、どおしてと続け様に聞いてくるだけだ。


 こんなヤツのこと無視して蹴っ飛ばしてやりたいが、今の俺が老人の頭を蹴ったりしたら、中が見える。そんなタイプの服装だ。それはめっちゃ嫌だ。


「どおして」


「うるさいな。本当に聞きたいなら聞き方ってもんがあるんじゃないか?」


「ど……」


 老人は口をつぐんだ。


 考えるように目を伏せる。


 もっとも、目を伏せたところで、その眼球は飛び出しているのだから、上まぶたが少し動く程度の違いでしかないのだが、それでも思案しているようではある。


「どおか、教えてください……」


 悔しさ混じりではあったが、人間の言葉を理解しているらしい。老人は辿々しく口にした。


「言えるじゃねぇか。仕方ない。教えてやるよ。だが、答えは単純だ。お前の固定が手の形だったからだな」


「……は?」


「は? って、まあいいか。見えない手だから自覚がなかったかもしれないが、お前の固定は手の形だった。それに、感情の起伏に連動して、掴む力とか登るスピードとかが強まっていただろ? お前の筋肉に力が入るのと同期するようにさ。だから、そんなタイミングで刺したんだ。刺し貫いたんだ。ただで済むはずがないだろ?」


「……そんな、はず」


「ないだろうな」


 ぴくりと老人は動いた。


 今度はまぶたでなく、首ごと動かすように大きく。


 だから俺も追加で答えてやった。こんな反応が見れるだろうと見越して。


「経験を自慢していたんだ。能力を理解していないはずがない。そうだよな?」


「……」


「図星みたいだな。さっきは俺の心を見透かすようなこと言ってくれたからな。そのお礼だよ」


「……違うなら、どおして」


「あん?」


「どおして、ですか……?」


 しおしおと弱々しく聞いてくる。敗者は敗者らしく。そして、他人を傷つけたことを後悔しながら。


「理由はきっと俺だったから」


「は?」


「はぁ……」


「どおして、ですか?」


「焦る気持ちはわかる。そんなに気になるか?」


 老人はこくこくとうなずいたように見えた。


 その老人の肩から下はもうすでに消えていて、残りはもう、首から上のみとなっていた。


 このまま、いいところだけ隠してご退場願うってのも、俺としては悪くない案なのだが、そうは問屋が卸さない。


 老人が見せてくれたバカみたいな面に免じて、あと気になってるだろう天華のために、残りをさらっと話してやろう。


「俺だってあんたの力は信じてた。実力は見せられてたからな。だが、俺は要素を集められる。まだ未開拓ながら、いや、だからこそ、咄嗟の閃きにかけることにした。そこで俺は地面に剣を突き刺した。その威力、他のヤツなら、固定の手をすり抜けて、体を登ってきたことだろう。が、俺はその威力をイメージのままそっくりお前にぶっ刺した」


「……」


「まだわからないって顔してるな。体感して理解しているはずだが、物分かりが悪い老人だ。それとも、現実を認めたくないだけか?」


「ワシは……」


「ならいいさ。もっと正確に言ってやる」


 どっちでもいい。わかりやすく実演してやろう。


 蹴って中が見えるのは嫌だが、他の方法なら構うまい。


 俺は、引き抜く動作で剣を手元に持ってくると、何もない空中で軽く横に振った。


「ほっほ」


 俺の動作を失敗と見たのか、老人はバカにするように、嘲笑するように笑い出した。


「長話が過ぎたな。ま、今のが答えだ」


 俺の言葉に、老人は一瞬笑うのをやめた。が、すぐに笑いを再開した。どうやら、ここまできても俺が何をしたのかわからなかったらしい。


「ほっ……hhhhhhhh」


「はい。終わり」 


 俺は、斬撃を老人のいる場所へと移動させた。


 いや、もうそれは老人じゃない。老人だったのかすらわからないものだ。


 空を切るイメージが老人に直撃し、残されていた頭が真っ二つに割れた。バグったような笑い声も塵とともに消えていく。


 どうやら俺の能力は、要素を集めるだけでなく、イメージできれば飛ばすこともできるらしい。

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