第26話 油断もスキもありゃしない

「お兄ちゃん大丈夫だった?」


「大丈夫だって」


 老人が消えたのを見てとって、もういいだろうと思ったのか、ここまで言いつけを守って動かないでいた天華が駆け寄ってきた。


 撫でるように俺の体に触れつつ、恍惚とした表情を浮かべている。いや、そこは安心の表情を浮かべててくれよ。


「かっこよかったよ」


「おう」


 面と向かってかっこいいとか言われると素直に照れる。照れ臭さで顔を見れないくらいには照れる。


 いやだって、今までかっこいいなんて言われたことなかったし。そもそも前世じゃ仲悪かったし、威厳とか言ってたけど元々ないしで、どうしよう。こんな時どんな顔すればいいんだよ。


 なんて、俺が照れていても、天華は俺の触診をやめなかった。


「うーん大丈夫かな?」


「いや、大丈夫だから! なんか触り方おかしいから!」


 スカートをめくられたところで俺は天華から飛び退いた。


 老人の能力に関して俺が色々言ったから、掴まれた後とかついてないかの確認だとは思うが、油断も隙もありゃしない。


 バトルパートでちょっとだけシリアスになってしまったからすっかり忘れていた。俺の服装を隠すためのローブが、老人のせいで消失したのだった。


 今は天華お待ちかねのお姫様ルリヤちゃんだ。お望みシチュエーションである。


「お兄ちゃんは女児なんだから我慢しないの」


「待て待て待て。お前がそれを言うのは絶対おかしいからな」


 俺の言葉にそれ以上応えることなく、天華はジリジリと距離を確実に詰めてくる。


 どうにか制したいのだが、あいにく老人にやったような真似はできない。足止め程度に抑えられるのならいいが、加減ができるのかわからない以上、天華相手には使いかねる。


「なあ、天華。その行動は絶対優先順位がおかしいぞ」


「第一位からやってるんだから、何もおかしなところなんてないよ?」


「ほう? じゃあその優先順位第一位が何か言ってみろ」


「ロリお兄ちゃんのドレス姿を愛でること」


「ゼッテー違う!」


 ガバッと天華は飛んできた。


 俺もすぐさま飛び退く。


 俺としてはローブを優先したいのだが、今はそれ以上に優先すべきことがある。


 と、またしても一気に距離を詰めるためのタメに入った天華を見て、俺も後へ下がろうとして、動きを止めることになった。背中が壁に当たったのだ。


 天華がぶち壊した方の壁だったなら、まだ、隠し部屋が先にあるため、壊して下がると言う道もあったが、今はそうはいかない状況だった。俺の背中に当たっているのは、何せその隠し部屋の壁なのだ。軽く殴ってみたところ、どうやらこの先はないらしい。


「ふっふっふ。どうやら逃げ道は断たれたみたいだね。お・に・い・ちゃん」


「くっ」


 どうして俺はダンジョンのボスを倒したというのに、味方であるはずの妹に追い詰められてるんだ。


 まあ、妹だからと不覚を取ったことは否定のしようがない。


 ここまで周りが見えていないとは思っていなかった。今の俺じゃどう行動しても天華の正気を取り戻すことはできない気がする。


 しかし、部屋を移動したことで、何かないかと見回すことで、諦めてもいられないと思えてきた。今俺が抱える女の子以外はいないのだと思ったが、そうじゃなかった。


 よく見えなかっただけで、隠し部屋には大量の服が残されていた。まるで、そこに人がいたかのように、まるで、人の姿だけ消えているように、着ていた様子の服だけが残されていた。


 考えたくはないが、きっとそういうことなのだろう。


「さあさあ。かわいらしく叫んでみたら? きゃーって」


「おいおい。天華。本当にいいのか?」


「何が?」


 マジで他のことなんて気にしてないなこいつ。


 自分の妹ながら恐ろしい。まあ、冷静になれば、俺を生き返らせるためとはいえ、黒魔術に手を染めているわけだしな。


 そこは、かわいいところでもあるのだが、目の前にすると恐ろしさが勝る。


 だが、ここではもう少し周りを見ろと言いたい。今の状況だけでもいいから、落ち着いてほしいというのが兄心だ。


「天華、この子のことを放っておくわけにはいかないだろ?」


 ハッとしたように、天華はその動きを止めた。ゆっくりと焦らすように距離を詰めていた天華がようやく動きを止めた。


 放置は危ないと抱えて逃げてきたが、どうやらその女の子に助けられてしまったらしい。


 天華の方も、流石に気を失った女の子を見ては冷静さを取り戻すしかなかったようだ。


「くぅー! どっちから襲えばいいんだぁ!」


「どっちも襲うな」


「アウ!」


 ジャンプして頭を叩いて冷静にさせる。


「やっぱりちょっとテンションおかしいぞ。何かされたんじゃないか?」


「そそそ、そんなことないよ。大丈夫。今ので目が覚めたから」


「そう思いたいけど……」


 まあいいか。本人が言ってるんだし。


「で、この子のことだよ」


「だね」


 俺の腕の中で寝ている女の子。固定されていたせいなのか、老人を倒してもすぐには目を覚まさない。


 ただ、息をしているところを見ると、他の人たちと違って、まだかろうじて生きているらしい。だからといって安心できる状況じゃない。


 しかし、撫でられていたところが赤くなっているところを見ると、他の人たちはすり減るまで撫でられたのだろうか。固定により、動きを封じられながら……。


「お兄ちゃん……」


「いや、なんでもない」


 少し感傷に浸り過ぎたな。確実なことを言えないのに。


「でも、俺がこの子の調子を確かめるのは問題だろ?」


「私がやる方が問題だと思うけど、お兄ちゃん大丈夫?」


「自覚があるのは何よりだが、その大丈夫はどういう意味だ?」


「そのままの意味だけど」


 そのままってどの意味だよ。


「大丈夫だよ。この子のこと、確かめてくれ」


「……」


「頼むって、俺じゃわからないからさ」


「……じゃあ、お兄ちゃんは宝箱の中身を確かめといてよ。そのあとで、一応看てあげて。その間は私が看ておくから」


「まあ、それでやってくれるんならいいよ」


「お願いね」


「へいへい」


 医学的な知識もあるかと思っての頼みだったのだが、もしかして、そうでもないのだろうか。


 魔術的な方面に偏っているとかって可能性も、たしかにないではない。俺の初期の想定からして勝手に思っているだけって説もあるからな。


 まあ、なんにせよ。お宝チャンスだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る