第30話 目覚めの幼女
「ここ、どこ……?」
不安そうにキョロキョロ辺りを見回すのは、誰あろう眠り続けていた囚われの少女だった。
これがお姫様を助け出すイベントとかだったら、まさしく今は感動のシーンだろう。いや、そうでなくとも長く固定され続けていた少女が目を覚ましたのだ。感動のシーンでないはずがない。のだが、何せ状況が状況だ。俺は正直どうしていいかわからない。
妹以外の女の子と二人きりとかどうすればいいんだよ。
「ダンジョン?」
「そ、そうだよ? えっと、大丈夫?」
俺が少女に声をかけると、気づいたら見知らぬ場所にいた、というシチュエーションに驚いた様子で大きく目を見開いている。
いや、違うか。普通に話しかけたつもりだったが、きっと、俺こそが変態みたいになっているのだろう。
何せこっちでニート歴が長く、人と話すのは久しぶりだ。まともに発声できたかどうかすら怪しい。
大きな茶色い瞳を震わせながら、短めの茶髪の女の子は、それでも俺のことを見てくれた。まるで憧れの人にでも会った時のような感動的な表情で。
「……王子様」
「あ、いや。俺は別に王子様じゃない、と思う」
「そっか。女の子だから?」
「そうじゃなく」
「でも、貴族様みたいな格好だよ?」
「ああ……」
この子にはそう見えるのか。俺の今のローブ姿……。
たしかに、上質な布ではある。下の服も見えているだろう。まあ、見えるか。見えるな。
比較するものではないが、女の子着ている動きやすそうな服とは全然違う。駄菓子とパティシエの作った洋菓子くらい違う。
となってくると弁明が難しいが。あ、そうだ。
「いやぁ、この服装はここのダンジョンで見つけたものなんだよ。だから、王子じゃなくて冒険者みたいなところかな」
「冒険者様」
「様はなくていいって。照れくさいし」
そんな身分じゃないしね。と言っておく。
よしよし会話できてるんじゃないか? レベルが低いと言われそうだが、俺としてはとても重大なハードルだ。
天華さえ起きていれば、俺だってここまで変な思考に陥らなくて済んだのだが、これは大事な状況なのだ。
誰だって見知らぬところで起きたら困惑する。それなのに、自分より小さな女の子に助けられたとか、とんでもなく取り乱すだろう。
「そうだ。名乗ってなかったな。俺はあおや……」
「あおや?」
「いや、えっと……」
そうだ。普通に青山天成って名乗ろうとしたけど、通じない可能性が高い。
けど、名前を聞くならまず自分からだ。
ここは仕方ない。
「俺はルリヤ。君の名前は?」
「わたしはヨバナ。よろしくね。ルリヤちゃん」
「ああ。よろしく」
子どもってのは順応が早いらしい。
もう俺に対する抵抗感など無くなったようで、差し伸べた手を取って立ち上がると、パンパンと服についていた砂埃を払った。
まだまだ混乱しっぱなしの状況だと思うのだが、それでもできることからコツコツとって感じがする。
俺も、ニートとかやらずにこういう冒険者みたいな生活をしていれば、また違ったのかもな。
「ルリヤちゃんは一人なの?」
「いや? 俺はあそこで横になってる天華と一緒にここまで来たんだけど……」
「テンカさん?」
「えっと。うーん。そうだな」
「え? え? なんで目を隠すの?」
「いやぁ。ちょっと今の天華はあんまり見ない方がいいというか、見られたくないというか」
「そう、なんだ。わかった!」
ヨバナちゃんはくるりと器用に、その場で半回転して、俺の目を見てえへへと笑った。
微妙にではあるのだが、やはりこの子、俺より背が高い。幼女とか思ったけど、これじゃ俺のが幼女じゃないか。
「ルリヤちゃんはお姉さんが倒れちゃって怖くない?」
そして、小首を傾げ、むしろ俺のことを心配するように聞いてきた。
やっぱりこの子のがお姉さんじゃないか。
「大丈夫だよ。実際、天華がいない時のが長かったから。それに、俺は別に一人でも問題ない」
「……」
俺の言葉にヨバナちゃんは迷ったようにしながらも、俺のことをギュッと抱きしめてきた。
「大丈夫だよ。助けてもらっちゃったわたしじゃ力になれないかもしれないけど、でも、一人じゃさみしいよ? わたしがついてるから、そんなこと言わないで?」
「う、うん」
なんだろう。天華にされた時よりあったかい。
小さいからだろうか。
いや、邪気がないからかもしれない。
でも、これ本当に心配されてないか? 俺の方が強がり言って周りに心配をかけてる子みたいになってないか?
これってもしかして、俺が小さいのに我慢してるから、ヨバナちゃんもお姉さんぶってるってこと?
なんだか良心につけ込むようで抵抗はあるが、一つ頼ってみるか。
「ねえ、一ついいかな」
「何? わたしにできることならなんでも言って!」
やっぱりお姉さんとして行動したい感じだ。頼られるのが嬉しそうにヨバナちゃんはその小さな胸を叩いてみせた。
「ヨバナちゃんのいた村まで案内してくれないかな? 今は情報がほしいんだ」
「情報。わたしの村……」
「あ……」
どこまで覚えているかわからないけど、今の状況。村の惨状。うかつだった。目の前の利益に目がくらみまずいことを頼んでしまったかもしれない。
何が頼ってみるか? だ。相手の善意につけ込んで、相手を傷つけるだけじゃないか。
やっぱり、ニートだから。
「ごめん。こんな時に」
「ううん。わたしの村ね。大丈夫。このダンジョンからなら、わかると思うよ」
「本当に?」
「うん。心配しないで。大丈夫だから。でも、テンカさんは運べないなぁ」
「それは問題ない。俺、力には自信があるから」
「それじゃあ行けるよ」
人に頼られるのが嬉しそうな本当に無邪気な笑顔でヨバナちゃんは言ってくれた。
やっぱり気がとがめるけど、ここで断るわけにもいかない。
情報が得られるなら貪欲に乗っかるべきだ。
「ヨバナちゃん、よろしく頼む」
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