第31話 この子は天使だ
人付き合いが苦手だったから知らなかったけど、人ってのは頼ったほうがいいのかもしれない。いや、そりゃそうだ。人間一人でできることなんてたかが知れてる。
天華を背負ってこそいるが、ヨバナちゃんは、俺のことを村まで案内してくれるようだった。
天使だ。
いや、俺は天華と違って、かわいらしい女の子を毒牙にかけたりしない。そこまで見境ない男じゃない。
「……うぅ。幸せ」
そして、この俺の背中で寝ている妹は、さっさと目を覚まして自分の足で歩いてくれないだろうか。
重くはないのだが、いかんせん俺の体が小さいせいで背負いづらい。物と違って折りたたんだりできないし、都合よく車があるわけでもないし。
「えっと。大丈夫?」
おまけにさっきからずっとヨバナちゃんに心配される始末だ。
「うん。平気平気」
「でも、大変そうだよ?」
「まあ、大変ではあるんだけど、ヨバナちゃんにこれを担いでもらうのは迷惑だろうから」
「迷惑だなんて。そんなことないよ!」
突然、ヨバナちゃんは大きな声で言った。
そんなに人を担いでみたいのだろうか。変わった女の子だ。
「そう? でも、大丈夫だから」
「大変なら手伝うよ? わたしも力は強い方だったから」
「いや、大丈夫だって。気持ちだけでありがたいから。ヨバナちゃんは道の方を気にしててよ。俺、本当にわからないからさ。頼りにしてるよ」
「う、うん! わかった。ルリヤちゃんを絶対村に案内するね」
張り切った様子で、ヨバナちゃんはズンズンと前を歩いてくれる。俺を先導してくれるのは本当にありがたい。
これで、教育に悪そうな天華が、彼女の視界に入らなくて済みそうだ。
まあでも、小さい子の申し出を断るのは結構胸が痛いなぁ。
さっさと村まで行けたらこんなことにはならなかったんだけど……。
ただ、そんなことを考えていても仕方ない。全力ダッシュならすぐつける距離なのかもしれないが、そうしたら、天華を背負っている今、ヨバナちゃんを置いていくことになるし、そもそも俺は村の場所を知らない。
となると、ヨバナちゃんのペースに合わせることになるが、そうしたら今以外の方法は……、実はないではないが、今は出会ったばかりだし、使わないほうが無難だろう。
「宝箱の中身が、ローブじゃなくて無限に収納できる袋とかだったら本当にラクだったのにな」
「なになに? 何かあったの?」
「あいや、なんでもない」
「そう?」
とは言ったものの、なんでもないこともない。
今や俺の方が遅いから、小さな女の子に歩幅を合わせてもらっているというのは、高校生男子だった俺からすれば結構こたえる。
何とも言えない物悲しさだ。
「俺、どうしてこんなことしてるんだろ」
「そういえばさ」
「ん?」
前を歩いていたはずのヨバナちゃんは、俺の独り言が気になったのか、気づけば俺の隣をゆっくり歩いていた。
自分より大きなものを背負うのに慣れていない俺に、に合わせようとしてくれているみたいだ。
いい子や。
「何か気になることがあったの? もしかして、この辺の様子が変わったとか?」
俺は以前の状態を知らないからそれは判断できないが、ダンジョンの最奥にいた老人、その固定がある程度の期間続いていたのだとしたら、変わっていてもおかしくはない。
あくまで俺にかかっていたのが、手の形をした、動きを封じる固定だっただけで、村やヨバナちゃんに対して使われていたのが、別物だったと確定できる理由はない。
しかし、ヨバナちゃんは俺の問いに対して首を横に振った。
「そのことじゃなくて、ルリヤちゃんって、どうして自分のことを俺って言うの?」
「え?」
「だってルリヤちゃん、女の子なんでしょ?」
「あ、ああ……」
なるほど。そんな質問をされることなんて考えたこともなかった。
僕やら俺やら、一人称が変わってきたことはあったが、男だったならそれも別段指摘されることでもなかった。だが、小さな女の子が、今や目の前の十歳くらいの女の子より小さな俺が、それこそ自分のことを俺と言うのには違和感を感じるってこと、なのか。
「うーん。その方がかっこいいから?」
「かっこいい?」
俺の小ささから、やはりどこか無理していると感じ取ったのか、ヨバナちゃんはほほを叩いて見せた。気合いを入れ直したみたいだ。
「わたしがしっかりしないと」
予想は当たったらしい。うぅむ。どうやらまたしても選択肢をミスったと見える。
そうじゃないんだけど、こういうのは一度思い込まれるとなかなか訂正するのは大変だ。
それに、正直なところ、ヨバナちゃんに道案内させていることも、俺としては歩くペースを合わせてもらっていること以上に申し訳なさでいっぱいなのだ。
まあ、ヨバナちゃんは小さいし、少しくらい話しても問題ないか。村の状態は正確にはわからないが、多分、今しか言えるタイミングがない。
「本当のところはさ、俺、男なんだよ」
「ルリヤちゃんは女の子だよ?」
「いや、そうなんだけど」
俺は丸々と今の状況を話した。ヨバナちゃんにもわかるように懇切丁寧に説明した。
「じゃあ王子様……?」
「ん?」
「ううん。なんでもない。なんでもないの」
赤くなってぶんぶん否定しているものの、
「そっか。転生者? ってやつなのかな」
と言っているところを見ると、どうやら魔法がある世界らしく、その辺の伝承がある地域の子だったみたいだ。
これは話が早くて助かる。
「多分それだ。だから、帰りたい場所があって、それで、ダンジョンとか魔法について知ることのできそうな場所をあたってみてるんだ」
「今回はハズレだったけど、ってこと?」
「そうそう」
この子理解が早いな。
でも、これはつまり、転生者について知る機会があるか、多くの人が知っているってことじゃないのか? 期待が高まる。
「……じゃあ、あそこにはなかったんだ」
「うん。お、見えてきたんじゃないか?」
「そうだね」
結構説明に時間を使ってしまっていたようだ。なんだかんだ、そこそこ歩いてきていたらしい。
だが、その村の様相は俺たちが水晶で見たものとは全く異なったものだった。
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