第32話 誰もいない村

 村の状態は誤解を恐れずに言えば、大惨事と言って差し支えないほどの惨状だった。むごいったらありゃしない。


 老人に突きつけられた、あの水晶で映し出されていた映像が嘘だったんじゃないか、CGやフェイクだったんじゃないかと思うほど、村は荒れ果てていた。


 もぬけの殻どころじゃない。こんなの、人が誘い込まれるわけがない。それこそ、魔物や魔獣だって寄ってきそうもないほどだ。それはとても、人が集まって住んでいた場所とは思えないほどの有様だった。


「ヨバナちゃん……」


「……」


 当然だが、俺以上にショックが大きいのはヨバナちゃんの方だろう。


 ただでさえ、謎の異邦人たる俺たちの事情を聞かされて、そこそこショックを受けているところに、こんなもの見せられたら、もし俺が同じ立場なら、隣にいる俺のことを殴りつけていたかもしれない。


 だが、ヨバナちゃんはそうはしなかった。


「……みんな、いなくなっちゃったの?」


「どうだろう。もしかしたらどこかに避難してるかもしれない。一応、確認してこようか」


「ううん。わたしも行く……」


 ショックのあまりかもしれないが、ヨバナちゃんは泣くことさえなかった。


 力が強いと言っていたが、歳や見た目の割に、大人びているところがあるし、そうした精神性の表れなのかもしれない。


 だとしても、強い。とても強い。いつ崩れてもおかしくないほど。


 だから俺は、今度は俺がヨバナちゃんの歩調に合わせるようにして、村を見て回ることにした。


「じゃあ行こうか」


「うん……」


 と言っても、今の村に見て回るところなんてない。


「……いない」


「うん」


 とても、経年劣化で崩れたとは思えない家の崩れ方。


 支えを失い、そのうえで破壊されたような無惨な状態だ。


 正直なところ、村だ家だと聞いているから、俺もそうだと認識してヨバナちゃんに合わせているが、こんなもの、何も言われていなければ、ただのゴミの集まりにしか見えない。


 それは、俺の感性が元から荒んでいるだけかもしれないが、それにしても、ほったて小屋の方がまだマシだ。


 もし、老人がこの村を襲ったのが半年や一年前のことだったと言われたら、俺は絶対にそうだと信じられない。


 ここはそれほどまでに腐敗している。


「ここも……」


「そうだね」


 ぽつぽつとヨバナちゃんが漏らしているのは、きっと住んでいた人の名前なのだろう。


 人が暮らしていた痕跡すら見えない場所でも、ヨバナちゃんには、当時の光景が見えているのかもしれない。


 俺も村ともなれば、天華との話じゃないが、地球へ帰るための魔法が見つかるんじゃないかと、期待しないでもなかった。ヨバナちゃんが転生者を知っていたくらいだ。何かあるんじゃないかと思っていた。


 だが、こんな有様じゃ、それどころの騒ぎではない。


 長居したらそれだけでクラクラしてくるほど、ここには良くない空気が立ち込めているようだ。


「…………」


「……ヨバナちゃん」


 もう、彼女も、家だったものを見ても何も言わなくなった。


 俺たち小さな子どもの体じゃ、小さな村の家を数軒巡るのだって、ここまで移動してきた疲れもあって、結構な重労働だった。


 いや、見ること自体、歩くこと自体は、もはや大したことではない。問題は、今が平時じゃないってことだ。


 かろうじて道のようになっていた山道、森と違い、舗装というか、整備されていたはずの村は、それらの自然以上に歩きづらかった。


 加えて、この直視に絶えない惨状。


「……」


 ヨバナちゃんも歩くのを止めてうつむき、黙り込んでしまった。


 いくら強いとは言っても、まだまだ子どもだ。こんなもの見せられて元気でいられるはずがない。そんな元気を持ち合わせていたら、その方が異常だろう。


 ただ、いくら俺の背が低いからって、天華を背負っているからって、何も見なかったわけじゃない。


 いや、不自然に視界が開けてしまったからこそ、煌々と光るように見えるものが、そこにはあった。


 実際には光ってなどいない。けれどそれだけは、時の風化によってだけ、使われなかったことによってのみ傷んだようだった。そんな建物が、村の中心に佇んでいた。


 それでも彼女は、その建物からは目を背け続けている。見えないように、見ないように。あえて遠回りをしてまで、他の家々を巡っても、もう、すぐ目の前にある家を見ないようにしている。下唇を噛んで、スカートの裾を強く握りしめて。


「何にも、なかったね……」


 無理して笑顔を作ってから、ヨバナちゃんは俺の方を見て言った。


「ごめんね。きっと、宿で休めたらって思ってたよね。でも、宿もないや」


「うん」


 もしかしたら見えないのかもしれない。なんて、考えるのは野暮だ。そんなんじゃない。


 決まってるだろう。こんな状況で見ない家なんて。見れない家なんて。


 でも、でも。


「ヨバナちゃん」


「何? ルリヤちゃん」


「俺が見てくるよ」


「え? 何を言ってるの? もうすべて見たよ?」


「俺が見てくる。何を言ってるかわからないかもしれないけど、ヨバナちゃんはここにいて」


 最後の家。ただ時によってのみ朽ちた、おそらくヨバナちゃんの家。


 老人による汚染を受けなかった様子の家。


「待って!」


 ヨバナちゃんは叫んだ。


 それだけでなく、歩き出していた俺の手を強く掴んできた。


「私も行く」


 今、何かあったわけじゃない。俺にとっては何もなかった。


 でも、そこまできてようやく、ヨバナちゃんは泣けたようだった。


 弱々しい、頼りない俺の手前、自分が大人として立ち振る舞わないといけないと、ずっと我慢していたのだろう。


 だけれど、そのダムが今、決壊したらしい。


「また、会いたい! わたし、ママとパパと会いたい!」

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