第33話 唯一の遺産

 さて、ママとパパに会いたいとお願いされたわけだが、結論から言えば、それは無理だ。


 俺は蘇生魔法を使えない。もっと言えば、俺たちは誰も蘇生魔法を使えない。


 いつだか天華が、魂どうのと話していた気がするが、俺で手遅れだったんだから、もう手遅れなのだろう。


 そもそも、あのダンジョンに残っていた服の残骸を見れば、あの中にいたのだと思われる。


 考えたくない可能性だが、俺が倒した人型魔物や倒すことも遭遇することもなかった人型魔物がそうという可能性だってなくはない。


「う、うぅ。うわああああ。うわあああああん」


 だから俺は、弱々しくも俺に抱きつき泣き喚くヨバナちゃんを抱き返し、優しく頭を撫でてあげることしかできなかった。


 今では少し落ち着いてきたくらいだ。


 ダムが決壊した例えじゃないが、本当に、固定される前から長いこと感情を出せていなかったのだろう。その小さな体で抱えるにはあまりにも大きなものを秘めていたものだ。


「大丈夫とは言えないが、できる範囲で俺も力になる」


「うん」


「だから、ヨバナちゃんも見てくれないか?」


「見るって?」


「何か、残してくれてるかもしれないだろ? ヨバナちゃんのママやパパがさ」


「残して……」


 そこで、赤く腫らした目のままでヨバナちゃんは俺を見つめてきた。


 それから、村の中心、唯一残された建物の方を見た。むしろ、あれこそがヨバナちゃんのご両親が残してくれたものと言っていい。


「うん!」


 強くうなずいたヨバナちゃんとともに、俺たちはその家へと向かった。


 そんな様子を見ていると、どうやら会話できるくらいまで回復したらしい。


 本当によかった。


 とばかりも言っていられない。家に入り、早速その中を見回す。


 ここだけは、物が物として残存している。


 ヨバナちゃんみたいな女の子を育てたご両親だ。ヨバナちゃんのために、何も残していないとは考えにくい。


 ひとまず、天華を近くのベッドに寝かせて、俺も探索を開始しよう。


「あはは。ルリヤちゃんは強いね」


「ヨバナちゃんほどじゃないよ。それに、俺はもう少し年上だからさ」


「そうだったね」


 と言ってから、ヨバナちゃんは突然そわそわし出した。


 なんだろう。早速何か見つかったのか?


「どうかした?」


「う、ううん。なんでもない。さ、早速探そっか」


「うん?」


 俺を置いてヨバナちゃんは捜索を開始してしまった。


 彼女からすれば自分の家なのだから、当然と言えば当然なのだが、慣れたようにウロウロし出す。


 目を逸らされたのはなんだったんだろうか。ちょっと気になる。顔も目以上に真っ赤にしていたし。なんだろう。


 やっぱり、ここは入りたくないような状態になっているのだろうか。俺にはわからないけど、悪化をしているとか。


 くぅ。わからん。埃かぶってるとはいえ、元がいいせいか、掃除すれば全然使えそうな状態なのに。


 あれか? 勝手に天華を寝かせたから。


 いや、それだ。人の家にまず妹を寝かすとかなんてヤツだよ。


「はぁ。本当、つくづく自分の社会不適合さが嫌になるわ」


 とはいえ、ガックリきてても仕方ない。俺も近場から捜索を始めるか。


 ただ、捜索なんてことをすると実感するな。こう体が小さいと何をやるにしても不便だ。あと五十センチくらい身長がほしい。


 届かないということが少なく、誰かにとってもらったという記憶がない俺としては、自分の身長で届かない場所に物が並んでいる現状は、結構ストレスだ。


 まあ、どれが何かわからない俺は、あまり安易に手に取らない方がいいというのもあるが、それにしたって、じゃあ何をしろというのだ。


 しかし、これ以上変な真似をして今以上に怒らせてしまっては、何のために墓荒らしのような真似をしているかわかったものではない。


「あっ!」


「なにっ!」


 金属音とヨバナちゃんの悲鳴を聞いて、俺は彼女の元まで駆けつけた。


「あ、あっ」


 だが、ヨバナちゃんは俺を見てプイッとそっぽを向きつつ、あからさまな感じで後ろ手に何かを隠した。


 やっぱり俺、嫌われてるんじゃなかろうか。


「えっと。大丈夫だった? ケガとかしてない?」


「うん。平気」


 大丈夫みたいだけど、上の空って感じで、返事はごくごくそっけない。


 やっぱり、俺何かしたんだ。小さい女の子のプライベートに、デリカシーなく踏み込んだんだ。そりゃ嫌われる。


「その。ごめん」


「え?」


 キョトンとするヨバナちゃんに俺は続ける。


「きっと傷つけたんだよね。俺が悪いことして、不快にさせたんだよね。理由もわからないのに謝るのは良くない気がするけど、俺、にぶいから、嫌なことがあったなら言ってほしい」


「う、ううん。そんなんじゃないそんなんじゃないよ」


 やっと目を見てくれたヨバナちゃんは、慌てたように首やら手やらぶんぶん振って否定した。


「そうなの?」


「うん。でも、笑わない?」


「笑わない。何かあったんでしょ?」


「ルリヤちゃんのせいじゃないよ? わたしがただ、ルリヤちゃんに迷惑というか、ルリヤちゃんの前であんなに泣いちゃって、恥ずかしくなっちゃって」


「ああ」


「それに、ルリヤちゃん、わたしが泣いてても笑わないでくれたから。その、ちゃんと見れなくて。わたしこそごめん。傷ついたよね」


「なんだ。そんなことか。全然」


 小さい子に迷惑をかけられることなんて、どうってことない。むしろかけられたいくらいだ。


 まあ、見た目が小さい俺は口には出さないが、やってることが小学生の勘違いみたいなことだなって思ったことも内緒だ。俺、異世界で幼女と何してんだよ。


「泣くことは恥ずかしいことじゃないからね。泣きたい時は泣いていいんだよ」


「うん。ありがとう」


「いやいや。こんなの誰かの受け売りだから」


 天華だって、今一番大きいけど、わんわん泣いてたしな。


 って、俺、なんでこんな話をしてるんだっけ?


「あ、ケガは本当にない? 何か音がしたみたいだったけど」


「う、うん。ケガはないんだけど。これ、壊しちゃって」


「なんだろう」


 ヨバナちゃんが見せてくれたのは、ネックレスだろうか、アクセサリーのように見える。後ろ手に隠していた金属のもの。


 先ほど聞いた何かが壊れる音はこのネックレスが壊れる音だったのだろう。


 確かに、劣化のせいで脆くなっていたのか、壊れてしまっている。


「ママとパパには会えないかもしれないけど、これで思い出せた。大事なものだったのに、ショックで忘れてた」


「何を?」


 一度思いを馳せるように目を閉じてからそのネックレスを胸で大事に握りしめて、ヨバナちゃんは口を開いた。


「ママとパパ、遺跡の管理をしてたの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る