第29話 幼女の容体

 さて、カッコつけたところで俺のターン。


「で、どうだったんだ?」


「何が?」


 天華はすっとぼけたように聞いてくる。


 さっきのちょっと感動したみたいな空気を返してほしいが、話題の中心はそこではない。


「何がってことはないだろ。女の子のことだよ」


「幼女ちゃんね」


「まあ、それでいいから。どうだったんだ?」


「さあ?」


「さあってこともないだろ」


「うーん。お兄ちゃんが何を看ろって言ってたのかはわからないけど、ひとまず、呪いとかはなさそうだよ」


「じゃあどうして目を覚さないんだ?」


「それなんだけど、単純にここが暗いからじゃない?」


「気絶ってそういうもんなのか? 経験ないからわかんないんだよな」


「今なら貧血とかで倒れられるんじゃない?」


「どういう理屈だよ。できてもわざわざやるかよ」


 が、看るから看てくれって約束だ。


 天華が正確に把握してくれたんなら、俺の出番はなさそうだが、今の俺ならそうでもないのかもしれない。今の俺は装備が違う。


 まさかここまで込みで俺に宝箱から見せようとしてたんじゃないかと疑いたくなるくらいだが、それはないだろう。ないよな。


 しかし、天華はやっぱり能力高いなと思いつつ、俺は女の子の隣に座る。


「はわぁ」


「ん?」


「……」


 今なんか天華が言ってた気がするが気のせいか? 天華を見ても不思議そうに首をかしげるだけだし、気のせいか。


 壁は今はもうないので、直接看れる。


「うん」


 意識を集中させるだけで、得られる情報が先ほどまでとは比べ物ににならないくらいに増えた。


 たしかに、天華の言う通り、女の子に呪いがかかっていることはなさそうだ。ついさっきのことだが、人型の体から放たれていた禍々しいまでのオーラと同類、もしくは関係のある別物については一切感じられない。


 そんな特に何の変哲もなかった女の子から新たに得られた情報としては、これまでの戦いではよく見る暇がなかった容姿だろうか。幼女幼女と呼んでいた女の子は、短めの茶髪のかわいらしい女の子だ。服装は村娘って感じで、動きやすそうだ。特別豊かな印象は受けない。ということは、おそらく平民みたいなところなんじゃないか?


 もっとも、村の方からして、平民って感じの暮らしが予想できたが、その予想を裏切る情報はない。


 一度確認したが、こういう時は呼吸も確認、耳を口元に近づけるんだっけ?


「すぅすぅ、おか……」


 なんか言ったか?


「さ……すうすう」


 いや、寝息か?


「……もうちょっと近づいて!」


「何?」


「何が?」


「なんでもない、か?」


「なんでもないよ?」


 絶対何か言ってたと思うんだが、まあ、あんまり男の俺が女の子の顔に頭を近づけるのはよくないな。


 さて、あと何すればいいんだ?


 息をしてるんだったら、胸骨圧迫とか、AEDみたいなのはする必要ないんだよな。


 天華が魔法を使って回復できるならもうやってるだろうし、やってなかったとしても、残念ながら俺はそういうことができない。


「……もっと、ほら、あるでしょ。人工呼吸とか」


「聞こえたからな。人工呼吸しねぇよ。息してんだから」


「チューしちゃいなよ」


「なんでだよ。おかしいだろ」


 やっぱり呪われてるのは俺の妹の方なんじゃないだろうか。


「こんないたいけな少女が寝てるのに、どうしてキスができるんだよ。変態じゃねぇか。俺は王子様じゃないんだって」


「ああー! いい。私はもうお腹いっぱい、幸せ」


「いや? は?」


 天華が受け身も取らずにぶっ倒れた。


 何が起きたのかわからず、俺の方も固まってしまった。


 いや、何が起きたのかわからない。


 俺はただ、女の子を守るように頭を撫で、体をさすってあげただけなのだが。


 まさかタイプの動きなのか? 嫌なんだよそれ。


 って、そうじゃない。


「お、おい。天華。大丈夫か? 本当は結構無理してたりするのか? だからハイテンションだったりして。それなら悪」


「ここは天国? おお。お兄ちゃん。あなたは罪深い。そんなそんな!」


「天華?」


「はぁはあ。極楽」


「……」


 大きな声で呼びかけてみたが、天華の方は夢見心地とばかりに手を合わせて、幸せそうによだれを垂らしている。


 ゆすってみても反応は返ってこない。奇妙な笑い声を漏らすだけだ。そういう人形みたいに笑うだけだ。


 怖すぎる。


「どうしてお前まで気絶しちゃうんだよ……」


 おかしな状況に頭を抱える。


 嫌だってこんなことなるとは思わないじゃん。


「んん……」


 俺が騒ぎすぎたせいなのか、聞き慣れぬ声がダンジョンに響いた。


 頭を抱えたままの姿勢ではいられないと、声のした方向を見る。


 すぐにわかるようなことだったが、どうやらかなり取り乱していたらしい。その方向は魔物が現れるような方向じゃない。


 老人の隠し部屋。


 その中で、女の子が眠そうに目を擦り、小さな体を起こしていた。

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