第28話 ホントは着たくないからな!

「キャー! え、かわいい。最高じゃん。何それ。なんでなんで? え。写真撮らせて。一緒に撮ろ。いや、キメ顔して」


「ないだろスマホ」


 俺の見た目がいいと天華のテンションが爆上がりするとかそんな話は本当だったようだ。果たして、これはどういう原理なのだ。


 まあそう。天華の反応からしてわかることだが、俺はかのふわっふわのローブを着た。着てしまった。


 かわいくなりたいとかそんなあり得ない理由じゃない。もっと実利的で現実的な動機からだ。


 性能。男なら誰しも求めたことはあるだろう。自分のキャラクターのステータスを高めるために見た目が好きじゃない装備を使った経験。そう、これは優秀な装備だから仕方なく着ているだけだ。仕方がないのだ。


「もー。照れちゃってるの? かわいいなぁお兄ちゃんは。食べちゃいたい」


「どうしたんだよそのテンション。元気だな」


「むくれてもお兄ちゃんはかわいいんだよ。すねて見せたって見た目がいいと一生見てられるのと同じ」


「なんだよそれ、知らないよ。ただのお前の感想なんだよ」


 はあ、とため息もつきたくなる。どうなってるのかと聞きたくなる。


 だが、うん。文句は言えない。着ればわかる。すげぇやつだ。さっきまで着ていたボロッボロのローブなんかとは比べるべくもない逸品だ。


 天華の目は節穴じゃなかったわけだ。むしろ、俺の目の方が節穴だった。


 何せ、ダサいという天華の言葉は、能力的にも正しかった。ローブをまとっただけなのに、俺の動きは思考に完全についてくるだけでなく、服の組み合わせのせいなのだろうか、全能感が半端じゃない。


「今なら天華の魔法を利用できそうな気さえするよ」


「やってみる? やってみようよ」


「やらないからな。そもそもお前、やることほっぽり出してるの忘れるなよ?」


「忘れてないよ。ほら、確実に安全なようにバリアーしてあるから」


「バリアー?」


 天華が手で示す先、未だ眠っている女の子はたしかに透明な膜で覆われていた。


 パラパラと落ち、転がっていた天井の残骸も、女の子には当たっていないらしい。


「だからって、このダンジョンごと崩れたりしたらどうするつもりなんだよ」


「そこまでできそうってこと?」


「いや、そこまでかはわからないが」


「もう、謙遜しちゃって! 本当にかわいい」


「やめっ。放せって!」


 天華はテンションどころか体温まで上がっているらしく、さっきからくっついては頬擦りばかりしてきて熱い。俺のことをぬいぐるみか何かだと思ってるのか?


 これもローブの効果とかだったら本気で嫌なのだが、まあ、天華だけにしか見られないし今のところは大丈夫だろう。


「うんうん。似合うとは思ってたけど、まさかここまでとはね」


「似合ってないだろ。あくまでサイズが合ってただけ。って、若干デカイから合ってないだろこれ」


「わかってないなぁ。ちょっと背伸びして大きめのローブを着ちゃいましたって感じがいいんじゃん」


「そうか? 待て。それ俺のこと幼児扱いしてるだろ」


「あとはローブを引きずる魔法使いってなんか偉そうでしょ? そういう感じだよ」


「今絶対誤魔化したろ。何? 偉そうって」


 指を立てて講釈垂れる天華は俺と目を合わそうとしない。


 まったく。自由人な妹だ。こんなだから魔法を扱えたのだろうけど、だからって、天は変な二物を与えている気がする。


 混ぜるな危険って感じだ。


 にしても出力がわからないままにあっちこっちへ行くのは正直危険って気もする。


 女の子の様子を見ることは決まっているし、魔物相手なら力を出しすぎても問題はなくとも、一般人の女の子に触れたら骨を折ってしまいましたとか、本当に笑えない。


「あーあ。来ちゃったよ変なの。お兄ちゃんが騒いだせいだからね」


「おい。こういう時だけ兄のせいにするのはずるいだろ」


「何? お兄ちゃんは妹が魅力的だから魔物も引き寄せちゃうっていうの? もう。シスコンなんだから」


「どうしたらそんな考えになるんだ。そしてそれは別に褒め言葉じゃないだろ」


 魔物を引きつける魅力って、それ単純に面倒なこと持ってくる嫌なやつじゃないか。


「あぁもう! わかったわかった。やるやる。ってか、魔法撃たないのか?」


「え? だって、今の実力試すんでしょ? 私は戦闘狂じゃないよ?」


「……」


 どうだか。いや、戦闘狂じゃないんだろうが、怪しいところだ。ま、いいか。


 現れたのは、崩れた人型のナニカ。カタカタと体を鳴らしたり、グチャグチャと地面を踏み鳴らしたりしているところを見れば、おそらく老人による魔法の実験の成れの果てか。


 対象を認識してから攻撃させてくれたのは、単に魔物だったって理由だけじゃないのかもしれない。


「天華。最低出力でいい。空中に魔法を浮かせてくれないか。できれば熱いやつがいい」


「わかった。一つでいい?」


「ああ。構わない」


 お試しだからな。と言って。俺は剣を構える。


 戦闘に意識を切り替えたからか空気を感じる濃度が違う。いや、層か? それとも、情報量か。


 ただ立っているだけで、知覚できる情報が先ほどまでとは段違いだ。


 まるで全てが見えるかのように、手に取るようにわかる。


「えっ」


 天華が魔法を放ったのと同時、俺は空いた左手にその炎を宿し、刀身を撫でるようにしてその炎を剣に纏わせた。


「せめて、安らかに眠ってくれ」


「グアア」


 もうすでに人間のものとは思えない呻き声をあげる人型に対して、俺は炎の剣を振り切った。


 その後、刀身に纏わせた熱は、魔物の全身へときれいに移り、その身を残さずさっぱり焼き切ることに成功した。


 今までなら、おそらく感知すらできなかっただろう魔法も、どうやら多少はわかる代物へと変わってくれたらしい。それが、今着ているローブのおかげってのが、俺としては受け入れがたいが。まあいいさ。


「反応早くない? どうして、わかったの?」


 そんな素朴な疑問に、俺はニヤリと笑いながら振り返る。


「俺の妹のことだからな」

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