第18話 お兄ちゃんならいいよ

 改めて糸を処理し、妹の目を覚ました。


 兄が妹の目覚ましってのはまあいいとして、今は単なる朝とは状況が違う。


 真っ暗なのだ。ダンジョンの中にはほとんど光が差し込んでいない。なので、また気絶してしまわないよう、俺は天華の目を後ろから手で隠しつつ起こした。


 先ほど、クモを倒した後で、受け身も取れず壁から落下したのは内緒だ。とにかく今は明かりがほしい。


「お、お兄ちゃん?」


「起きたな」


 いかに天華でも困惑気味だが、こればっかりは仕方ないだろう。起きたのに目元を隠されていては、誰だって混乱する。


 ただ混乱するだけじゃないか。俺としても、後ろから妹の目を隠している今の状況は、正直言って恥ずかしい。だーれだ? って感じの子どもみたいな遊びをしている気分だ。


 いや、わかる。目隠しは俺も恥ずかしい。手の当たる感覚から、そして、俺が話しかけた位置から、誰が何をしているのか筒抜け、というより、起き掛けの第一声がお兄ちゃんだったことから、初っ端からバレていたのだ。当然お互い恥ずかしいはずだ。だが、今天華に、暗いからという理由で取り乱されても困るのだ。


 俺じゃ明かりはつけられない。そして、ほぼ真っ暗の今、俺一人で動こうとするのは無理がある。


「頼む、天華」


「で、でも、お兄ちゃん、ここでヤルのは、流石に……」


「……え?」


 え?


 明かりってのは入り口で用意しないとダメとかあったっけ?


 いや、魔法の灯りでなくても、普通に消えることはあるだろう。じゃあ、魔法を発動するための縛りみたいなものか? もしくは発動条件とか?


「ダメなのか?」


「ダメ、じゃないけど……。その、お兄ちゃんがどうしてもって言うなら、いいよ?」


 天華はそう言いながら、体を俺に預けるように体重を乗せてきた。いや、体の力を抜いてきた。


 ……は?


「あの。天華さん? どうしてもなのでお願いします」


 天華が何をしているのかわからず敬語で頼んでしまった。


 いや、本当にわからないのだ。先ほどまで明るかったせいで、目が暗さに慣れるのにも時間がかかる。


 何かが迫っていたら天華が言うだろうから、今のところ大丈夫なのだろうが、とはいえ、俺もすぐに対応できるようにしておきたい。


 と、そんな思いが伝わったのか、


「わかった。いいよ」


 と天華は言った。


 言いつつ、天華は魔法を唱えようとしない。


「……」


 いくら待っても、天華はうんともすんとも言わず、俺に寄りかかったままだ。


「あの、天華さん?」


「あ、もしかして、お兄ちゃんからより、私からのがよかった?」


「いや、俺からとかって話じゃなくて、俺にはできないから天華に頼んでるんだけど……」


「なるほど」


 伝わっていなかったのだろうか。天華はやけに腑に落ちたように手を打った。


 そんな、クモを倒したくらいで急に使えるようになったりしないのだが……。今まで使えなかったのに、魔法を使えるようになったりしないのだが……。


 いや、もしかしたら、道具があればランタンとかで灯りの用意はできるかもしれないが、あいにく、そういったものの用意はないし、そのうえ、手がふさがるってのは俺としては受け入れがたい。


 と、さらに天華の魔法を待っていると、突然、天華は俺の手も気にせず、ぐるりと体を回して前後反転、ひっくり返った。そしてそのまま、俺に寄りかかるようにしていた体重を思い切り俺にかけ、俺をダンジョンの床に押し倒してきた。


 …………へ? 妹が俺を押し倒してきた?


「天華?」


 微かに見える天華の顔は、なんだか楽しそうに見える。楽しそうと言うより、嬉しそうだ。


 それと同時に、はあはあと、少し息が荒い気がする。


「そういえばお兄ちゃん、未経験なんだもんね。大丈夫。私に任せてくれれば問題ないよ」


「ハナからそのつもりだったんだけどな……」


「そうだよね。そういう話だったもんね」


 そういう話だっただろう。


 やっと思い出したみたいに聞こえたが、なんだろう、入り口では、こんな工程なかった気がする。というかなかった。


 俺はどうして、妹にダンジョンで押し倒され、組み敷かれているんだろうか。


 異様な雰囲気に包まれた天華は、そっと俺の頭を撫で、顔を撫で、頬を撫でる。あくまで優しく、俺の形でも確かめるようにそっと。


 やはり、突然のことに身構えてしまう。というか、まばたきしかできない。魔力切れか何かってこと?


「大丈夫だよ? 力を抜いて」


 そう言いつつ、天華は俺のことを撫でていた手を、すっと胸に伸ばして、きたところで、俺はその右手を掴んだ。


「おい」


「お兄ちゃん?」


「お兄ちゃん? じゃないわ。何してんの? え? 何? どういうこと?」


「何って……」


 天華の方こそ、俺の行動がわからないといった感じで硬直している。


 と見せかけて、俺の胸に伸ばしてきた反対の手も捕まえる。


「お兄ちゃん? お楽しみはここからだよ?」


「お楽しみをここでするな。ダンジョンだぞ」


「だから、そういうシチュエーションがいいんじゃないの?」


「よくないよくない。当初の目的を思い出せ。ほしいのは明かりだよ。明かり。俺じゃできないから、明かりを頼もうと天華を起こしたんだよ。もしかして、毒でやられたのか?」


 だとまずい。さっさとこのダンジョンを出て、解毒用の薬草を探してこないとならない。


 俺が考えを巡らせていると、目の前の天華が一瞬ぽかんとしたのが、暗闇の中でも見てとれた。え、どうして本当にわからないみたいな……。


「この抵抗は、初めてで怖いとかじゃなくて?」


「なんの話だよ。というより、暗所恐怖症の方は克服したのか?」


 突然、冷静さを、いや、冷静でなくなったのがまた別の狂気へと移ったように、天華は慌てて立ち上がると、叫ぶように何かを口にし出した。


 そうすると、すんなり明かりはついたが、天華は顔を真っ赤にして目を回していた。そんな顔まで照らし出していた。


 ついでに、真っ白なヘビの姿も、明かりは照らし出して明らかにした。

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