第19話 邪魔した不届ヘビ

「シャー!」


「ヒャー!」


 ヘビは真っ先に天華めがけて突っ込んできた。


「ウラッ!」


 すかさずダンジョンの奥へと吹っ飛ばす。


 次から次にと思ったが、ここはダンジョンだ。大型の動物が出てくるのも当たり前なのだろう。それに、今回は流石に意思疎通を速やかにできなかった俺のミスだ。


 一本道とはいえ、それは俺からした視点だ。ヘビやらクモみたいなのからしたら、必ずしも、一本道という認識はないだろう。あくまで入り口付近に入ってきた、弱そうなヤツらって認識しかないはずだ。


 まあ、さっきのことはもしかしたら、クモの毒かもしれない可能性はあるが、一概には言えない。とにかく、切り替え。


「天華、無事か? なんともないか?」


「大丈夫。ねえ、お兄ちゃんどこ?」


 小さくなりながら、天華は手だけで俺を探していた。ここでも目を開けられないらしい。明るくなったからではなく、クモの時同様、ヘビも見れないってことなのだろう。


 しかし、ここで手を取ってやることはできない。今の天華に捕まったら、さっきの二の舞になってしまう。


 ここは、心を痛めながらも天華から距離を取る。


 天華の無事が確認できれば今は十分だ。


「ふぅ……」


 深呼吸して思考を落ち着ける。


 ヘビが天華から狙ったのは、おそらく、体温が俺より高かったから。あとは、単に距離が近かったから。ならば、俺がヘビに対して天華より前に出ておけば、ヘビは俺と戦うしかないって寸法。


 ピット器官ってのが、こっちのヘビにもあるのか知らないが、形状が同じなら同じと考えておくしかない。俺には情報がない。


「さて、と……」


 そこまで考えたところで相手の観察を再開する。


 一度吹っ飛ばされたからか、戻ってきたヘビの方も、俺のことを警戒している。ある程度のところまで来て、それ以上近くまでは寄ってこない。目測二メートルってところか。


 警戒そのまま逃げてくれると助かったんだが、俺みたいな幼女を見て逃げ出すヘビでもないのだろう。


 こちらも目測にはなるが、サイズは俺の頭までってところだ。


 クモより小さいとか思ったかもしれないが、残念。頭のサイズが俺の頭までのってところだ。いわゆる体高? ってやつだ。体長は正直、吹っ飛ばせたことが驚くくらいとだけ言っておこう。


 明かりがあるとはいえ、元がダンジョンだからってことなのだろう、見えても信じられない。こんなヘビ、まず地球にはいなかったと思う。俺が男の時だって、絶対丸呑みされてしまう。


「やっぱりでかいねぇ」


 しかし、まるで奥へ近づかせないように戻ってきたことと関係があるのか?


 逃げなかったんじゃなくて、逃げられなかったってことか?


 考えてもわからないな。なんにしろ、リスやクマとか、こっちの世界でも地球サイズの動物とは違うモンスターだ。


 今のところ、毒を吐く様子はないし、飛び道具はなさそう。


 しかし、キラリと光るキバには警戒しておこう。


 にしても、クモは足が多くて気持ち悪いってのでわかるけど、ドラゴンと似た姿のヘビもダメなのな、うちの妹ちゃんは。お兄ちゃん……、どこ……? と、いまだに探すような俺を呼ぶ声が背後から聞こえてくる。


 やっぱり、わかっていてやっていても、意地悪しているみたいで落ち着かない。


「天華のためにも、さっさと終わらせないとな」


「シャシャ! お兄ちゃん、いいのカ? 行ってやらナクテさ」


「しゃしゃ、しゃべった」


「真似するナ」


 シャー! と天華にしたみたく、ヘビは口しか見えないほど口を大きく開けて、俺のことを威嚇してきた。


 攻撃力が下がることはないから、一度引っ込む必要はない。そもそも、今の天華は繰り出せる状況じゃない。


 しかし、俺としては真似したつもりはなかったのだが、どうやらマネと思われてしまったらしい。怒らせてしまったようだ。


「でも、素直に天華のところに行ったら、お前、俺のこと後ろから噛むだろ?」


「イヤイヤ、逃げるナラ逃してヤル。それを伝えてもフシギじゃないダロ? ホラ、背を向けて走れヨ。お兄チャン」


「とにかく言いたいことがある」


「なんだ?」


「俺はお前のお兄ちゃんじゃない」


「……」


 なんか引かれてしまった。ヘビにうわぁ、みたいな目で見られている気がする。


 勘違いしているなら訂正しようと思ったのだが、そうじゃないみたいだ。


 こいつ、言葉を理解してやがる。違和感はあるが、確実に言っていることを理解して話している。でたらめに、俺を撹乱するために言葉を並べ立てているわけじゃない。


「シャシャシャ! どうしたよ。シュルルル」


 ただ、理解していても、チロチロと舌を出しつつ笑うヘビの言葉遣いには違和感がある。


 いや、ヘビがしゃべっていることが違和感だろと言われればそれまでなのだが、そうではない。そこじゃない。喋り方に違和感があるのだ。


 流暢すぎるというのもあるが、一番、そう一番は、今までで一番流暢なのだ。が、それはまるで外国語を習得したという感じの流暢さ。


 なまり、というのか、そういうタイプの違和感。


 幼いたどたどしさとは全く違う違和感。


「お前、誰から言葉を習った?」


 ヘビに聞くにはおかしな質問だ。それは俺も自分でわかっている。だが、俺としてはヘビが群れているイメージはあまりない。大量にいる描写はあっても、群れていると言う印象はない。


 そのうえ、魔物が二体以上同時にいるということも、いまだかつて見たことがない。


 知識不足、経験不足と言われればそれまでだが、形が同じような種族がいるならまだしも、そうではない。少なくとも言語を習ったという見方が正しいのなら、そういうことになる。ヘビに言葉を教えたのは人型に近い個体。そういう魔物から言葉を習ったはず。


「……」


 俺の質問に、ヘビは静かになった。笑うでもあおるでもなく、黙り込んだ。


 それは、返答に窮している様子だった。まるで、見抜いてしまったかのように。


 そして、


「おいおい。習っタ? おかしなこと言うナヨ。魔物が何かを習うはずないダロ」


 と言った。


 続けて、


「お前は何を知ってイル?」


 と、俺を巻くように、すかさず巻きついてくる。


 お勉強はできるようだが、どうやらオツムの方はてんでお粗末らしい。

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