第7話 妹に尽くされて

「ひどい目にあった……」


「そう言いつつ、お兄ちゃんとっても気持ちよさそうだったけど?」


「久しぶりにさっぱりできたし、反論はできない……」


 やはり、改めて言うまでもないことだが、風呂に入ってさっぱりするというのはいいものだ。


 生まれた時から当たり前のように風呂があって、毎日のように入っていたが、最近そうでなかったせいでストレスが溜まっていたのかもしれない。


 なんにしろ、妹と風呂に入るなんて狂気に走りながらも、すっかりリラックスできてしまっているところを思えば、俺もなんだかんだ疲れていたのだろう。


「でもお兄ちゃん。本当に女の子になっちゃったんだね」


 じっと俺の体を、小さな幼女の体を見つめながら、ニヤニヤしつつ言う妹の天華。


「むぅ……。改めて言われると恥ずかしいな」


「そうやって口を尖らせるてるとかわいくて愛らしい! 私もうお兄ちゃんを離したくない! 抱いて寝よ?」


「待て待て落ち着け!」


 待つ様子も落ち着く様子もなく、天華は俺に抱きつきほおずりをしかけた。が、


「はーい」


 と言って、止まってくれた。


 その冷静さを、ぜひとも先ほど発揮してほしかったのだが、まあ、天華のおかげで体を洗えてさっぱりできたので、そこのところは不問にしておいてやろう。


 別に、体を洗ってもらえたことが気持ちよかったとかそうではない。断じてない。


 しかし、もとより基本いい子だったのだが、前よりちょっと聞きわけのいい子になっている部分が、あるのは久しぶりだからだろうか。


 どこが聞き分けがいいのかと言われれば、今俺の言う通りに落ち着いてくれたところなんかがそうだ。前は兄である俺のことなど、存在していないかのように、言うことを聞くということなどなかった。


 それでも会話が成立するタイミングがあるとすれば、


「お兄ちゃん、荷物持ちやってー?」


 と、甘えた調子で俺に買い物の荷物持ちをせがむ時くらいだ。それ以外の時は、俺から話しても無視を決め込んでいた、そんな妹だ。


 だからといって、特別仲が悪いかと言えば、そんなこともないと思っていた。が、強引なところはあるとはいえ、会話ができるのは嬉しいような、複雑なような……。


「でももう、お兄ちゃんを抱きしめて寝ることしかないよ?」


「そんなことはない」


 前より俺の扱いがおかしいのは、今の見た目のせいだろう。


 やっぱり複雑だ。


「寝る前に色々と聞きたいことがあるんだよ」


「私に?」


「当たり前だろ? 天華の行動で気にならないことはないと言っていい」


「そんなに見ててくれてたの?」


「こっち来てからは特にな」


 引かれるかと思ったが、ちょっと嬉しそうなのは、覚えていてくれたからってところか。


 いや、俺だって、冷たくされてたくらいで、妹を忘れるほど薄情じゃない。むしろ、そんな情のないやつだと思われていたことの方がショックだ。


 って、違う違う。


「何を聞きたいの? 私に答えられることならなんでも答えるよ?」


 嬉しいことを言ってくれる妹に、俺もこれで安心してなんでも聞けるというものだ。


「聞きたいことは色々あるが、まず第一に、聞いておかなければいけないことがある」


「なに?」


 やはりそれは、本人の変化ってところだろう。言葉にするなら、


「俺に対して、なんだかちょっと世話焼きすぎじゃないか?」


「それは、お兄ちゃんもそうでしょ? 妹と決まったわけでもない女の子を、凶暴なドラゴンから助けて、安全な小屋まで一人で運ぶって、なかなかに世話焼きすぎだよ?」


「いや、それはそうなんだが、ただ一応、兄だからってことで説明はつくだろ? 妹だから世話を焼くってのは、俺の中では変な感じでさ」


「うーん。でも、私が死ぬはずだったんだから、死んでもお兄ちゃんに尽くすのは当然でしょ?」


 さらっと、まっすぐに俺の目を見つめながら天華は言い切った。


「もし仮に、今私が死ねばお兄ちゃんを助けられるなら、私は喜んで死ぬよ?」


「喜んで死ぬとか言うな。気持ちはありがたいが、自分のことは大切にしろ」


「はーい。でも、そんなお兄ちゃんだから、命も預けられるんだよ?」


 命を預かった覚えはないのだが……。


 それにしても、なんか引くほど俺を大切に思ってくれているらしい。


 嬉しいが、やっぱり俺が天華をかばったことを引きずってるみたいな言い方だな。仕方ないか。


 そうなると、次は軽めのものにしよう。


「これはなんだ?」


 俺は、今着ている服を引っ張りながら天華に聞いた。


 無論、風呂上がり、濡れてしまった俺の装備や、天華の服を着るわけにはいかない。それはわかる。


 わかるものの、俺だって、いくら山暮らしとはいえ、替えの服くらいは持っていた。持っていたが、それはすげなく却下され、今の服に着せ替えられたというわけだ。


 服をむかれた時と一緒で、見えないほどの早技だった。ステージで行われる早着替えも真っ青な技に、俺が真っ青になった。


 そんな俺の質問に天華は、


「パジャマかな? 私とお揃いの」


 と、少し照れたようにはにかみながら答えた。


 先ほど、俺の代わりに死ねるみたいな時とは違った、かわいらしい、年頃の女の子のような笑顔。


 確かに兄妹で同じパジャマというのは恥ずかしい。


 今の俺はかわいらしい感じのピンクを基調としたパジャマ。対して、天華のものは色違いの黒を基調としたパジャマだった。


「それは見りゃわかるけど……」


 こんな現代的な服、当然俺は持っていなかったわけで、用意したのは天華。それも、手荷物だったならば、俺たち同様びしょ濡れだっただろう。だが、そうでないのは、さっき魔法で生成していたから。


 本当に、魔法は使えると便利なようで、ついでとばかりに、部屋の模様替えまで簡単に済まされてしまった。俺がしばらく過ごしてきた小屋は、元の様相を残しつつも、いつか見た天華の部屋にそっくりな姿に変わっていた。かわいらしい、女の子の部屋って感じだ。


 いや、そんな趣味だからか、俺のパジャマはかわいらしすぎる。せめて、天華のおとなしい黒っぽい色味のものと交換してほしいくらいにはかわいすぎる。


「もしかしてお兄ちゃん、その格好に照れてるの? かわいいよ? 似合ってるよ?」


「似合っちゃまずいだろ」


「そんなことないよ。私のモチベが段違い」


「どうしてだ?」


「かわいい女の子を見るってことは、モチベにつながるんだよ」


「それはむしろ俺の方じゃないのか?」


 だからって、俺は自分がかわいらしい格好をしていても、全くモチベーションは上がらない。


 俺に女装の趣味はないからな。たとえ、見た目が女の子になったとしても、それは変わらない。


 まあでも、天華のモチベにつながるならいいのか? こっち来て色々わからないだろうし、ホームシックになられても困る。


 嫌がらせではなく、好意からしてくれてるってことはわかるから、ここはよしとするか……。


 じゃあ次。


「そうだ。今の俺がどうして青山天成だって気づいたんだ?」


 ふっと、その瞬間、天華はうっすらと笑ったように見えた。なんだか、楽しそうに笑っているものの、彼女らしくもない不気味な笑みに見えた。


「天華の方は、確証はなくても見た目である程度わかるけど、俺はそうじゃないだろ? どうしてなんだ?」


「私がお兄ちゃんを見間違えるはずはないんだって。あの時、お兄ちゃんが死んじゃってから、私、お兄ちゃんのことを考えなかった日なんて一日もないんだから。お兄ちゃんが私をかばって死んじゃって、気が気じゃなくて、必死になって勉強したんだよ? 今までの私を全部捨てて、またお兄ちゃんと会うため、お兄ちゃんと再会するため、蘇生も試したの。でも、魂が別の世界に行ってるみたいで、それはダメで。その時は神を呪ったね。でも、今のかわいい女の子なお兄ちゃんを見てると、そうだけとも言えないかも。これはご褒美だよね? 妹みたいなお兄ちゃんなんて、私の求めてるものが全部満たされてて、じゅるり……。髪もサラサラで柔らかくって、ほっぺぷにぷにで、全身柔らかくて、もう、きゃわわ!」


 妹はそこまで早口でまくし立てると、俺の体を抱き抱えて、今まで我慢してきたものを全て吐き出すように、ハグしては頬擦りして、一瞬舐められたような気もする。


 そんな感じで、俺への愛情アピールをひたすらにしてきた。


「落ち着け」


 俺は興奮気味な妹にホットミルクをぶつけてやった。

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