第12話 あれから何年?

 目的も決まったところで、善は急げとばかりに、俺たちは小屋を出た。


 小屋は、俺がニート生活の拠点にしていたものの、特に大切なものとかを抱えるほど、豊かな暮らしをしていたわけでもないので、その身一つで出て行っても問題はない。


 もし、その中でも、大切なものがあるとすれば、ルリヤという幼女の体と、最初から持っていた服に、これまた最初から持っていた剣という、やけに質のいいものだけだ。


 それにしたって、身につけてしまえば手荷物で、お荷物にはならない。


 というわけで俺は、俺たちは小屋を出た。今日は、こっちの世界に来て初めての二人旅だ。


 装備はもちろんパジャマじゃない。流石にパジャマで外出するわけにはいかない。まあ、ローブを上からまとっているから、何を着ているかなんて見えないのだが、気分の問題だ。


「ぶー!」


 そのせいか、さっきから天華がくちびるをとがらせて抗議してくる。


 幼女一人ではなくなったとはいえ、幼女と少女で旅をしてたんじゃ、やはり衆目を集めることに変わりはない。


 それこそ、魔女的な雰囲気をまとう今の天華一人なら、誰もとがめることはないかもしれないが、セットに俺がついてくると、やはり心配されることだろう。


 今の俺には威厳も風格もないのだ。ロリっ子だから仕方ないね。


 というわけで、不細工な格好かもしれないが、我慢してもらうことにしよう。


 そんなこんなで妹の抗議を無視して歩いていたところを、ぶわっと音がして、いきなり俺の視界が暗転した。体が空気にさらされる。


「スカートめくりって、実は女子の方が得意だったりするんだよ」


「何言ってんだよ急に……」


 そんな謎情報とともに、天華は俺の下半身にしがみついてきた。意地でも俺のローブの下を見たいらしい。


 色々と隠そうとしてきたが、今着ている服ってのは、元から持っていた服。それは、なぜかお姫様みたいな服で、俺としては世間様に見せつけたい格好ではないというのが、隠さざる本音というか、隠す本心なのだが、今朝そんな格好をしたら、何やら怪しげな装備を生成していた妹が、その装備を破棄してまで、俺に服を着るよう強要してきたのだ。


 着るとなんか気分がいいので、そのことに関しては特に抵抗せず俺は着たわけだ。多分そういうマジックアイテムなんだと思う。決して女装に目覚めたとかではない。


 それに、今の妹の様子は、ブラコンとかそういう感じじゃないと思うのだが、となると、女子のかわいいもの好きみたいなところなのだろうか。


 まあ、天華に見られる分には、俺も構わないのでここは華麗にスルーする。


「そんなところには何もないぞ」


「わからないよ? お兄ちゃんの体には、お兄ちゃんの知らない秘密があるかもしれないよ?」


「あるかもしれないが、それと今の目的とは関係ないと思うぞ」


「どうだろうなー」


 あればそれこそ元の世界に帰ってるだろう。


 さて、そんな無駄っぽい行動をして余裕がありそうに見えるかもしれない。もしかしたら、直接帰る方法は知らなくとも、帰る方法を知っている人を知っているとか、情報のありかは知ってるとか、そんな買い被りをしてくれる方が少しくらいいてくれたらいいなと期待しているところなのだが、そんなものはない。答えは知らない。断じてNOだ。アテはない。皆無だ。


 まずは情報源の情報源からである。


 しかし、流石に妹を引きずりながら進むことには抵抗があり、うまいこと引き剥がそうとしているのだが、なかなかどうして俺から離れない。後頭部の次は腹部だった。やはり、俺がお腹をつついていたこと根に持っているのだろうか。


 俺がしばらく身をよじって抵抗していると、天華はガバッと俺のローブからようやく出てきて、ちょっと汗ばんだ様子で爛々と目を輝かせて俺を見てきた。


 何か見つかったような顔をしている。ちょっと怖い。


「どうした?」


「お兄ちゃんのかわいらしい体しかなかった」


「だろうな」


 まだ小屋を出て数歩しか進んでいないのだが、これを繰り返していたら一生帰れない気がする。


「満足したなら行くぞ?」


「待って。ちょっと聞きたいことがあるの」


「それなら歩きながらでいいだろ?」


 素早く天華から離れつつ、俺はローブを直しながら歩き出す。


 その後ろを妹が駆け足で追ってきた。


「お兄ちゃんって、どのくらいこっちにいるの?」


「どのくらい、か」


 正直に言えば、考えたことなかった。


 普通に聞かれそうな質問だけに、わからないというのは兄として言いたくない。どうしよう。


「どうしてそんなことを聞きたいんだ?」


「いやさ、時間の流れを知っておかないと、神に帰してもらうわけじゃないんだし、ずれてたらアレじゃん? だから、なんとなくでも知っておいた方がいいんじゃないかなーって」


「たしかにな」


 天華の言う通りだった。


 帰ると言ったものの、それはあくまで俺たちと同じ時間軸の元の世界に帰るという意味で言っていたのだ。


 もしそこが、全く知らない技術にまで発展した元の世界だったなら、それはもう、戻ったとしても、異世界と言っていいほどの状況。今の俺たちと同じってことになる。


 それでは、なんのために戻ったんだってことになりそうではある。


 ただ、タイミングが別の二人がいるからこそ、考慮できる問題だろう。一人しかいなかったら、どうしようもないってことだ。


 しかしながら、こっちの世界の時間の流れを知っていることも、確認するための前提条件には含まれる。


「天華はあれからどれくらい経ったんだ?」


 答えに窮して、俺は誤魔化すように天華に聞いた。


 あれとはもちろん、俺の死だ。時の流れの基準点から、どれくらい経ったのかという確認である。


 天華は俺の質問を聞いてから、それに答えるでなく、急に走り出したかと思うと、止まれとばかりに腕を広げてから、後ろ手に組んでにっこりと笑った。


「どれくらいだと思う? 私、いくつになったと思う?」


「え……」


 にごった感じの、え、になってしまった。


 天華が正直に答えてくれなかった。


 それはつまり、妹なりの大人っぽくなったでしょアピールってことか?


 親戚の子が気づくとデカくなってるみたいな? うーん……。そんなに変わらない気もする……。そもそも、どれくらい経ったのか本当に知らない。


 あれだ。俺が時の流れを知らないのは、精一杯生きていたってのもあるが、この世界、スマホもカレンダーもないから、どれくらい日にちが経っているのか実はわからないってのがある。


 日の昇り降りしか、知る術がないのだ。


 そんなめんどすぎることを、ニート生活をしていた俺がカウントするわけないって。


 となると、ヒントがあるとすれば、勉強とか……?


 と、ここまで考えて、俺はゾワっとした。


 恐ろしい可能性に気づいてしまったのだ。


 これ、天華が年上の可能性がないか? という恐ろしい可能性。


 もし、元の世界の時の流れが、今のこの世界の時の流れよりも早かったら、俺との三歳差が縮まってしまっているかもしれない。


 服の趣味が違うし、今の俺の身長のせいで、天華の方が大きいことに対しても違和感がなかった。


 かなりの頻度で接近しているから、胸のサイズが変わってなさそうってことはわかるが……。これは、触れない方がいいはずだ。


「ねえねえ、いくつに見える?」


 俺が考え込んでいると、天華は飽きてきたように、俺のお腹をつつき出していた。


 ただ、ここの回答は慎重にならなくてはならない。天華との立場が入れ替わっていたら、本当に俺が妹として扱われるかもしれない。


 そんな子どもっぽい考えを最後に、俺はなぜかエッチなポーズをしている天華をふっと笑った。


「お、お兄ちゃん?」


 ちょっと恥ずかしかったのか、照れたように赤くなっている。


 かわいいところあるじゃないか。


 だが、ここははっきりとさせておかないとな。


「たとえ妹でも、女性の歳を当てようとするほど、俺は野暮じゃないぞ」


「……!」


 ハッとしたような天華の顔はさらにみるみると赤くなる。


 女性という言葉に敏感な年頃でよかった。


「そ、そうだね。さすがお兄ちゃん! 紳士だなぁ」


「だろ? 考えても仕方ないことは、わかってからでいいんだよ」


「だねだね! いやぁ、はしたないことしちゃったな」


「いいんだよ妹よ。そういうことは誰にでもある」


 危ない危ない。どうにか兄としての威厳を守れたな。


 しかし、妹の胸の成長具合からして一年は経ってない。半年ぐらいか?


 まだまだ子どもで助かったぜ。

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