第13話 俺の情報網
俺の年齢を誤魔化したところでちょいと下山。
俺の方が女子以上に年齢を気にしているという事実は無視して、文化のありそうな世界を目指すわけだ。
考えるだけで恐ろしい思考に一瞬とはいえとらわれてしまったので、いつもよりゆっくりの移動になっているが、まあ、妹がいるからってことにしておこう。
ただ、俺が山暮らしをしているのは、何も文化人でないことがバレるのを嫌ってとか、一人暮らしロリだからとかってのも多少はあるが、最大の理由として、人を見たことがないってのもある。
現代社会なら、都会へ行けば、石を投げれば鳩や雀より先に人間に当たりそうなものだが、この世界では、木に当てるのがやっとだ。
いや、山の中を都会だって言っているわけじゃないのだが、田舎だって頑張って移動すれば、人を見かける場所まで移動することはできるはずだ。
「こんなに誰もいないんだ」
「ああ。本当に誰もいないよな」
この世界、本当に人を見ないのだ。
妹がぼそっと漏らす気持ちもわかる。
「俺も、結構あっちこっち行ってみたけど、マジで見たことないんだよ」
「あれ? おかしくない?」
「何がだ?」
俺が友だちも彼女もいない話をまたぶり返すつもりか?
俺は、誰とも関わらないのだから、誰かを探すことなんてないって?
そんな被害妄想じみた回答に備えていると、違くて、と天華は首を横に振る。
「それじゃあ、私の居場所を知ることができないじゃない? どうやっても人がいないんじゃ、風のうわさも立たないんだから、知ることなんてできないよね?」
「ああ。そういうこと」
そういやそうだな。現状に慣れすぎて俺としては気にしたことがなかった。
「俺がどうやって天華の居場所を知ったか、話してなかったっけか?」
「うん。多分聞いてないよ?」
「そうだったか。そりゃ、ずっと疑問だったよな。すまんすまん」
俺としては、なんとなく話したつもりになっていたが、そういえば、どうして天華が現れたことを俺が知ることができたのか、加えれば、どうして人がいないのに、この世界では黒髪が少ないことを知っているのか、ということになるのか。
以前説明した通り、俺は神様からの使いで、この世界へと降り立ったわけじゃない。だからこそ、この世界の常識を強制的にインストールされることはなかった。故に、訳もわからず、魔獣やら魔物に追い回される経験をしたのだ、というところまでは話していたと思う。
「うん。そこまでは聞いてたよ。でも、そこからだよ」
あっ! と何かに気づいたように、天華は手を打った。流石は我が妹、鋭い。
「お兄ちゃんも魔法を使えるんだ! 魔法少女ルリヤなんだ!」
思ってもいなかった返答に、思わずずっこけてしまった。
「俺は魔法少女じゃない。ほぼ出ない今の本名を使っていじるのはやめてくれ」
「いじってないよ! え、そうなんでしょ! 変身してよ! その下も実はステッキとかを隠すためのかっこじゃないの?」
「やめい! 違う違う! いたいけなロリの体に乱暴するな」
再度ローブの中にもぐってきた妹を振り払い、俺は距離を取る。
やはり、女の子には、魔法少女というものに、惹かれる時代があるのだろうか。
振り払っても、天華は、目を輝かせてぐいっと近づいてくる。その目には、何やら肉食獣のような獰猛さを感じてしまう。
ひらひらと手を振りながら、俺は再度否定の意を表明しておく。
なんか、本当に勘違いされてそうだからな。
「俺は違うからな。それを言うなら、天華が魔法少女だろ? 魔法少女天華だろ?」
「私が少女って歳ならだけどね」
天華はふふんと鼻を鳴らしながら言うのだった。
まだその話引っ張るのか。
いや、少女だよな? シュレディンガーの年齢ってわけか? いやいや、確認するまでもなく少女だ。
「うーん……。でも、お兄ちゃんが魔法少女じゃないなら、どうやったの?」
自分で言い出しておきながら、年齢に関してはさほど気にした様子もなく、天華は再度聞いてきた。
「ああ。簡単だよ」
ここまできたら、言葉で説明するよりも実際に見せた方が早いだろう。
俺はそう思って、キョロキョロと近くを見回し、木の上に視線をやる。
対象を見つけ、チチッと舌を鳴らした。
すると、妹が顔を寄せてきた。
「チューしたいの? いいよ」
「なんでだよ。あ、ほら、ちょっと下がってろって、怯えちゃってるから。天華のことは初めて見るから警戒してるんだよ」
「え? 違うの?」
なぜか残念そうにしながら天華は離れていった。
それから、ぐるりと首を回し、やけにゆったりした動きで背後に視線をやった。
しかし、天華が時折見せる闇の部分も、小動物相手には維持できなかったようだ。
目の暗闇はすぐにいつもの、いつも以上のゆるみ具合を見せた。
「きゃわ……」
と小さな声を漏らしつつ、さらに様子をうかがうように離れてくれる。
これで天華は俺から距離をとってくれた。
再びチチッと舌を鳴らすと、天華を警戒しながらも、対象の小動物、俺の世界でいうところのリスは、俺の体に駆けつけると、俺の体を回りながら登ってきた。
「とまあこんなふうに、俺は動物と意思の疎通ができるみたいなんだよ」
よしよしと頭を撫で、どんぐりをやる。
手乗りリスというのを野生でできる人間もそういまい。
これで、天華も多少はわかってくれるだろう。
「じゃね」
今日は用もないので、どんぐりをあげて帰ってもらった。
よしよし。これで、俺の成長を見せられただろう。と個人的に悦に入っていると、妹は動きを止めて固まっていた。
なんだろう。怖かったのだろうか。もうリスは離れていったのに、天華は俺から離れ黙ったままだ。
「天華? 大丈夫か? 調子悪いのか?」
俺の言葉に天華は返事を返さなかった。代わりにじゅるりという音がした気がした。
いや、リスは食べられないはず……。
「ね、ねぇ。今のいくら?」
「へ……?」
食べようとしている!?
「いくらじゃないよ。リスリスってそうじゃないか。うーん……」
この世界でペットショップとか見たことないからわからないな。
「そもそも、こっちのお金ってどんな価値で動いてるんだろ。詳しく知らないからあれだけど、ひとまずここではプライスレスかな?」
「はう!」
「お、おい。大丈夫か?」
妹は突然血を吐いて倒れた。
困って笑っただけなのに、今のでどうしてダメージが入ってるんだ。
感染症? い、いや、俺はなんともないんだし、今までなんともなかったんだ。ここで急にってのもおかしな話。
「しっかりしろ!」
ゆする俺を薄目で見つつ、しかし天華は幸せそうな顔でその場に倒れ続けている。
「もう、死んでもいい」
「ダメだって! なに言ってんの? 死ぬな。死ぬな天華!」
俺の呼びかけにも、天華はどこからともなく一万円札を取り出して、俺に押しつけるだけ。言葉らしい言葉を返してくれない。
「おい。天華? どうしたんだよ」
「ああ。美少女の天使がお迎えに来てくれた。やっぱり、ここは天国だったんだ。私の求めていた桃源郷」
「違うよ。俺だよ。天使じゃなくて兄だよ。それに、ここは異世界だって。天華! 天華!」
俺はしばらく、夢見心地な様子の妹を起こすのに力を注ぐこととなった。
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