第9話 さみしんぼな妹

 そういや、寝るとこ簡易ベッドひとつでした。


 さっき、天華が俺を膝の上に乗せながら、ホットミルクを飲んでたところですね。


 それだけですね。はい。


「……」


 またも落ち着かないのですよ。


 今の若干さみしんぼな天華のことだから、容易に想像はつく。というか口に出して言ってたけど、


「お兄ちゃん、一人じゃ心細いから一緒に寝よ?」


 俺の後頭部から顔を離して、肩に顔を乗せながら、天華はそんな風に言ってきたのだ。


 俺が幼女の姿になっても、お兄ちゃんと言い続けてくれることは嬉しいのだが、そう、心細そうに言われると弱い。


 俺がそんなかわいい誘惑に抗えるはずもなく、今はひとつベッドの中に、兄妹二人が寝ているわけだが、俺の方がよっぽど小さいので狭いとかは感じない。


 むしろ、今までが広すぎたんだな。と感じるくらいだ。


 状況としては、俺が妹の抱き枕として抱きつかれている形だった。俺を抱いて寝るしかないとか言っていたが、まさしく実現してしまったわけだ。


 ちなみに、俺は妹に抱きついたりしていない。断じてしていない。


 妹に甘えられるのはいいけど、小さくなったからといって、精神的にも幼くなったりはしていないのだ。俺から抱きついたら、やっぱりそれはキモいだろう。


 まあ、キモいというのもあるのだが、俺は抱き枕派じゃないので、というのもある。


 抱き枕はコアラみたいな人が使うとちょうどいいものなのだと俺は思っている。まあ、実際コアラみたいな人ってのが地球上、今だとこの異世界上、どれくらいいるのか謎だし、知らないが、妹はそっち系の人ということだろうか。


 あいかわらず距離が近く、枕もひとつということで顔も近いのは、やはり、不安視していたホームシックを発症し、俺というかつてを思い出す存在を手放せないといったところだろうか。


 兄としてはそんな妹が心配である。


「ねえ、お兄ちゃん」


 そんな、動揺からくる思考に割り込む形で、天華が耳元でささやくように話しかけてきた。


「なんだ? どうかしたか?」


「イチャイチャしよ」


「……」


「イチャイチャしよ」


 スルーしようとしたら二回言ってきた。しかも聞き間違いじゃなかった。


「イチャイチャ?」


「そう。イチャイチャ」


 さも当然のことのように言ってきたせいで、二度目は当然のことのような気がしてしまったが、決してそんなことはないだろう。ないはずだ。


「兄妹でイチャイチャするなんて大問題じゃないのか? その前に、今は寝ようとしてるんだし」


「え?」


 しん、と空気が凍りついた。


 妹の声はありえないほどに冷ややかだった。


 え。


 そのただ一言、ただの一音だったというのに、その冷たさで温まったはずの肉体が、また冷え切ってしまったかと思うほどの空気感。


 気のせいかもしれないが、天華がドラゴンと戦っていた時に聞こえた、本のはためく音が聞こえてくる気がする。


「……」


「天華ちゃん?」


 我慢できずに天華の顔を見ると、その目は虚空を、闇を見つめるような、暗い雰囲気をまとっていた。


「お兄ちゃん。彼女いたの?」


 聞いてきた内容は日常会話にも出てきそうな言葉ではあったが、まるで、返答を間違えば殺されそうな声音だった。


 しかし、妹はそんなことをする子じゃない。俺の思い過ごしだ。


 いや、話していなかったら、妹ってのはこれくらい気にするのが普通なのだろう。きっとそうだ。


 まあ、そもそも、


「天華は俺に彼女も友だちもいないことは知ってるだろ?」


「そ、そうだよね」


 なんで安心したみたいなんだよ。とツッコミたいが、ここはグッと我慢する。


 ただならぬ雰囲気だったのは事実だ。何が天華をそこまで刺激してしまったのかはわからないが、今は慎重に接した方がいいはず。


 だけど、彼女も友だちもいないことに安心されるってのはちょっと傷つく。


 でも、いる方が驚きってくらいには、俺のぼっちは家族共通の笑い話だったからな。ただ、こうして思い出してみても、やっぱりさみしい気持ちになってくるな。ちょっとくらい、そんなことないって言ってくれてもいいじゃないか。


 そんな、俺の気持ちなど気にする様子もなく、天華はもじもじしながら言う。


「それじゃあ、私が教えてあげるから、ダメ?」


 どうやら話を元に戻したらしい。つまりは、人肌恋しいってことか? でも、それなら散々俺のこと触ってるし、今も抱いてるんだから十分じゃないか?


 ここは兄として、少し厳しく言っておくか。


「ダメだ。今寝ないと、ふわぁ。明日に響く、ふわぁ。だから、今の状況で我慢ふわぁ。しろ」


「はーい。今の状況で我慢するね」


 俺がよしよしと思うと、妹によしよしと頭を撫でられた。


 なんでかよくわからないが、理解してれたらしい。そこで体の力を抜き、気を抜くや否や、天華の俺を抱く力が、ギュッと強まり、小さな俺の体はクイっと妹の胸に簡単に抱き寄せられた。


 俺と同じ匂いがする。


 なんだか五感が前より鋭いのか、以前よりにおいに敏感な気がするのだが……。それにしても、妹と同じもので洗ったから当たり前だが、妹と同じ匂いってのは、変な感じだな。


 落ち着かない。またしても、落ち着かない。


 天華の方は、ぬいぐるみを与えられた子どものようにおとなしくなったというのに。


「すうすう」


 そして、すっと寝てしまったというのに、いうのに……。


 なにっ! 寝息が聞こえてきただと!?


「寝たのか?」


「ふふふ。お兄ちゃん、当たり前でしょ?」


 寝言か起きてるのかわからん。


 でも、やっぱり落ち着かん。


 近づけてきた抵抗に今度はお腹をついてやると、


「んふふ。実はねー」


 と、寝言のように天華は何やら語り出した。

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