第49話 タブレットと魔法の書

「うわぁ! これ! これだった! これだったの!」


 ようやっと俺の背後から出てきたと思うと、ヨバナちゃんは、ゴレムさんの左手から、薄い板を奪い取った。


 目の前で見ると、それこそタブレットそのものだったが、ヨバナちゃんの手でかっさらわれてしまったので、よく見ることはできなかった。


 まあ、出てきたかと思ったら、颯爽と俺の背後に戻って、タブレットの操作を始めてしまった。


「元気がいいね、その子は」


「そうですね。時折笑顔を見せてはくれたんですが、でも、ここまでのものは初めてだと思います」


「そうかそうか」


 うわぁ。うわぁ。と声を漏らしながら、ヨバナちゃんは食い入るように、そのタブレットを覗き込んでいる。


 どうやら、目的のものを手に入れられたらしい。思い出を見ることのできる、不思議な板を。


「ママ、パパ……」


「両親、か……」


 ヨバナちゃんくらいの歳だと、どうなんだろう、まだ反抗期ってほどじゃないのかな。


 となると、両親ともにいないってのは、やっぱり、心の支えがなくなるくらいに、ショックが大きいことなのかな。


 高校生になるまで、当たり前のように親がいた俺からすれば、それがどれほどのストレスなのか、推して測ることしかできない。


「さ、こっちはこっちで、お堅いのはなしにしよう」


「はい」


「そのしゃべりもいい加減やめてくれ。敬語を使われるのに慣れてないんだ」


「えっと。わか、り、ました」


「まあ、それでいいかな」


 この人、というかゴーレムも、元気がいい人みたいだな。


 なんというか、見かけはおとなしそうなのに、中身はとってもサバサバしている感じだ。


「それで、ルリヤちゃんだったけ?」


「あれ、俺名乗りましたっけ?」


「ん? 名乗ってなかったかな」


「いや、どうだったかなと思ったんですけど……」


 名前を知っているということは、きっと向こうが正体を明かした時とかに、俺も名乗ったんだろうけど、ちょっと衝撃的な展開がありすぎて、さっきのことなのによく覚えていない。


 まあ、あまり重要なことでもないだろう。


「俺にも何か?」


「これだよこれ」


 そう言って渡されたのは、突き出したままの右手に持ったままだった紙の束。


「本、ですか?」


「そうそう。知ってるなら話しが早い。それは蘇生には使えないかもしれないけど、この先に役に立つものだと思うよ」


「この先に……」


 ペラペラとめくってみるが、いわゆる本とは、紙の質感が全然違う。


 まるで、伝統品として博物館とかに展示されていそうな、そんな雰囲気をまとっている。雑に扱えば簡単に原型を失ってしまいそうなほどの強度である。


「いいんですか? こんな大切そうなものをもらって、俺、何もできないですよ?」


「ああ。もちろん構わないとも。私はそもそも、魔法使いの作ったゴーレムであって、魔法は使えないゴーレムだからね。魔法書を持っていたとしても、それは宝の持ち腐れさ。それに」


「それに?」


「言ったろ? 感謝してるのは本当なんだ」


 お礼ってこと、とゴレムさんは付け足した。


 俺はあくまで侵入者で、守護神を破壊しなかったからといって、感謝されるのも、そういえば変な気はするが、まあ、そういうことなら受け取っておこう。


「でも、ゴーレムの管理をしてるって」


「それはあくまで私の機能であって、魔法が使えることにはならない」


「はあ」


 どうやらそこはイコールではつながらないらしい。


 となると、ゴーレムは一度作ってしまえば、あとは魔法とか関係なく、存在できる自立した存在ってことになるのか?


 だから、魔物……。


「読まないのかい?」


「あ、いや。後で妹が読みます。俺も魔法は使えないので」


「なるほど」


 ニタニタという感じでゴレムさんはうなずいた。


 なんだろう。俺の顔に何かついているのだろうか。さっきからどうにも、ゴレムさんの俺を見る目が、ヨバナちゃんのそれとは違う気がする。


「ルリヤ、ね」


「俺の名前がどうかしましたか?」


「いいや、なんでもないよ。いい名前だなと思ってね」


「そうなんですか?」


「自分ではそうは思わないのかな?」


「俺になじんでいるとは思えなくて」


「ふぅん? まあ、そういうものかもしれないね。自分の名前なんて」


 なんとも煮え切らない回答だった。


 あくまで何かを知っているものの、その何かを、俺には隠しているような物言いにも思える。


 俺やヨバナちゃんに対して差し出したものだって、こちらから何かを要望していたわけではない。


 俺たちの方では、事前に打ち合わせこそしていたけれど、そこに女史が参加していた事実はない。


 ただ、こんなもの、俺がそんなふうに感じているだけで、特別彼女を怪しむ理由にはならない。


「あの、ゴレムさん」


「何かな」


「俺たちについて、初めから全て知っていたんですか?」


「どうしてそう思うの?」


「どうしてって……」


「それは、私の動向から?」


「はい」


「ははっ。なるほどねぇ」


 しばし考え込むようにしてから、女史はすぐに顔を上げた。


「私が君と会うのはこれが初めて。だから、あらかじめ知っていたということはないよ」


「本当ですか」


「当然だろう。あくまで私はゴーレムなんだ。それ以上でも以下でもない。ゴーレムは夢を見ないよ。ささ、帰り道はこっちだ」


「え」


 いきなりの物言いだったが、示されたものに絶っくした。


 てっきり、帰りも来た道を折り返すのだと思っていたのだが、全く関係のない、部屋の反対側をすすめられて、俺の方が虚をつかれてしまった。


「来た道を戻らなくていいんですか?」


「ああ。私じゃ他のゴーレムの設定までは変えられないから、こっちから帰ってもらえるとありがたい」


「それって、入り口もこっちにできないんですかね?」


「それも無理な相談だ。申し訳ないね」


 まあ、これにて一件落着か。


 必要なものは揃った。最後の戦いはあっけなく終わったが、俺はバトルジャンキーじゃない。ギリギリの戦いなんて、元から求めていないのだ。

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