第2話 うわさの女の子
というわけでやってまいりました。龍の山脈(仮)。
名前を知らないからドラゴンがいるってことだし、龍の山脈でも間違いはないだろう。いや、山脈じゃないのか? ま、いいか。
感想としては雨が凄い。雨風が異常だ。グータラ幼女の俺は、小屋にひきこもってやり過ごしたい天気だが、今日ばかりはそうも言ってられない。
え? さっきまではどうだったんだって? 山の天気は変わりやすいのだよ。
まあ、時間が経ったってのもあるんだろうけど、それより変わりやすい天気のせいだろうなぁ。
ちょっと走った、いや、マラソン選手もびっくりの走力で走ったからな。軽くヘリを飛ばしたくらいの移動くらいには遠かった。けど、着いたは着いた。ヘリ乗ったことないけど。
誰だよ近くとか言ったヤツ。
距離としては騙されたような気分になったが、うわさ自体は本当だったようで、黒いドラゴンを前に黒髪の女の子が立っていた。威風堂々といった雰囲気だ。俺の小さな体では、気を抜けば空を飛べそうな感じの風の中、雨や雷に怯むことなく、正面に立ってにらみ合っていた。
風、雨、雷の三拍子揃った嵐である。
そんな大嵐のヤマアラシ、ん? ヤマアラシは動物か。とにかく、そんな嵐の中で目についたのは女の子の背後の本。どういう仕組みか、彼女の背には数冊の本が吹き飛ばされることなく浮いていた。クルクルと円を描くように回りながら、ページをはためかせ、クルクルクルクルと回っている。
ハタハタハタっという、風でめくれる紙の音が、戦う彼女たちを遠くから見守る俺の耳にも響いてくるほどだ。
そんな本、どうやらファッションではないらしく、ページは千切れることも濡れることもない。そちらの仕組みの方も気にはなるが、彼女はそんな本を、時折手元へと持ってくると、何やら攻撃を防いだり、攻撃したりしているようだった。
「かっけー!」
こういうところは、俺の男だった頃の名残だろう。素直に興奮する。
熟練した魔法使いを見ているようで、見ていて胸が躍る。
そもそも、他人がまともに戦っている姿を初めて見たというのもあるだろう。思わず口に出してしまっても、恥ずかしくならないほどに、俺はドラゴンと戦う女の子に興奮していた。
実際のところ、実力は互角といった印象で、ドラゴンのブレスやら何やらも、嵐のせいで女の子にうまいこと防がれ、彼女の攻撃も、ドラゴンにとっては致命傷にはならないらしかった。
おちおち見ていたら、共倒れになってしまいそうで、興奮はすれど、不安感が脳裏によぎらないと言えば嘘になってしまう。
だが、戦いに水を差すのは無粋かもしれない……。
それこそバトルジャンキー同士の戦いならば、水を差すことで、俺を倒すために共闘しかねないが、そんな戦いを楽しむ様子は微塵も感じられない。
「首を突っ込んでも大丈夫でしょう」
自分に言い聞かせるようにしてから、俺は立ち上がった。
なに座ってゆっくり見てるんだ、と怒られそうだが、俺だって好きで座っていたわけではない。幼女の体は体力配分を間違うとすぐに疲れてしまうのだ。
よくあるだろう。遊園地へ行ったらはしゃぎすぎて、帰りに楽しみにしていたものを寝て過ごしてしまうというイベントが。
俺だって、流石にそこまで子どもじゃない。だが、今の肉体じゃ、眠気に勝てないグータラなのは否定できないからな。念の為だ。
というわけで、この幼女の見た目を見られないように、フードを目深に被ってから、背格好が小さいだけの女性ですよってことを装いつつ、俺は剣を抜いた。
そこでふと思い至る。
いやなに、俺は爬虫類が好きだからドラゴンに味方しようかな〜? とか考え出したわけじゃない。目の前で戦う女の子後ろ姿が、俺の妹に似ているから、彼女の力になることは確定だ。
そうではなく、ドラゴンってどう倒せばいいんだろ? と、そんな単純な疑問に思い至ったのだ。
今まで、山の魔獣やら魔物やらは、剣でサクッと倒してきたから、少しずつ体力を削って、長期戦を考えなくてはいけない感じの、ボスというか、ドラゴンのような、ザ・モンスターとは、実は戦ったことがない。
そうやって考えてみると、ドラゴンの急所がどこかとか、なんて種類のドラゴンかとか、知らないことが多すぎる。
なんとなく、攻撃、魔法、防御、逃げる。くらいの選択肢から、テキトーに選んでいた、ゲームプレイヤーだった頃の俺でも、ドラゴンの倒し方は心得ていなかった。
「ま、いっか」
いつだって初めてなことはわからないものだ。
それこそ相手はドラゴンなのだ。女の子のことなんて、踏み潰してしまえばよさそうなものだが、そうしないところを見ると、案外そんなことはできないのだろう。
そう考えると気がラクになってきた。
すでに狩りの準備運動は済ませてあるし、ダメだったらその時はその時だ。
「ふぅ……」
俺は視界に入るドラゴンを眺めながら、抜いた剣の刀身に意識を集中させて、その場に深くしゃがみ込んだ。
それにより、ザーザーと降っていた雨の音がぴたりと止まる。
これは別に、俺の集中力がすごいとかじゃない。周囲の環境で使えそうなものを、ありったけ刀身に集中させているだけだ。雨が地面を叩くことがなくなり、水滴が俺の剣に集まっているだけ。ただ、それだけの現象。
「うん。これくらいで十分かな」
あんまり重いと面倒だから、ほどほどの力を集めてから、俺は頃合いを見て、飛んだ。
まあ、かわす方が難しいほどの雨を、一瞬でも、一滴も地面に当てないようにするなんて派手なことをしてしまえば、戦いに集中していても、何か起きたことに気づいたことだろう。次の瞬間には、俺の存在に気づき、手を打とうとしたことだろう。だが、遅かった。
一体と一人の反応は、俺に対処するには遅かった。
ドラゴンのターゲットが、黒髪の女の子から俺に移るより速く、俺はドラゴンの喉元まで飛び込んでいた。
「チェックメイト」
結局、いつもとやることは変わらなかった。いや、俺は元々この戦い方しかできない。
まとわせた雨の力ごと思いっきりドラゴンの首を叩っ切る。ただそれだけ。
シンプルだろう?
今回は、盛大な叫び声さえ上げさせる隙も与えずにトドメを刺した。雨に混じって、ドラゴンの首から噴き出す血飛沫が降ってくるだけだ。
さぁて、一件落着落着ぅ。戦ってた女の子は無事かな?
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