第3話 助けた少女は
「おーい。大丈夫かーい?」
なんて言ってから思い出す。今の俺は幼女だったことに。
見た目は隠せても声は隠せない。今はもう雨がざんざ降りだから、鮮明に聞こえていないことを祈るばかりか。
どちらにしろ、幼女がうんぬんというのは、この世界でも心配されそうな出来事ではある。
まあ、見かけ上は俺の方が助けられそうではあるが、助けたのは誰あろう俺なので、女の子の無事を確認するために急いで駆け寄る。
いかに正体がバレたくないからって、実は助けられるはずだったのに見過ごしました、とかだと寝覚めが悪すぎる。
いや、まさか殺されたりはしないよな。しないだろうが、生け取り狙いとかだったら申し訳ない。怒られるのは嫌だけど、れくらいは甘んじて受け入れよう……。嫌だけど……。
しかし、どういうわけか、俺が意を決して近づいてみても、女の子は返事をしない。ぼーっと突っ立ったままだ。
きっと、雨音に声がかき消されて、聞こえなかったに違いない。
だからって、今はもう面と向かって真っ正面。握手ができるこの距離では、話しかけたら流石に幼女ってバレるよなぁ。
と、二の足を踏む俺に対し、先に動いたのは女の子の方だった。
なんということでしょう。女の子は俺に抱きついてきたのです。
「え……」
それがあまりに自然すぎて、俺は反応ができなかった。抱きつかれたといったが、気づいた時には抱きつかれていた、という感じだ。
反射的に考えたのは、首を絞められる可能性。だが、そんな力のこもり方はしていなかったので、これは無視してよさそう。
次に、安心して気を失った可能性。だが、動いているわけだし意識はありそうだ。失神していて倒れたなら、俺みたいな幼女の背丈に合わせて、首元に抱きつくなんてことはできないだろう。
最後、安心して俺に抱きついてしまった可能性。
あり得る。というか多分そう。そうだと思った。
けど、単に安心したというのなら、俺が近づいてきた段階で、いや、ドラゴンが倒れた段階で、向こうの方から抱きついてきてもよさそうだ。
俺は別に女の子に抱きつかれたいというわけではない。無論、男だし、今の状況が嬉しくないと言えば嘘だ。相手がかわいい女の子ならなおさらだ。
そういう意味じゃ、女の子と出会うことがなかっただけで、女の子にモテモテという力も、神様から与えられていたのかもしれない。
いやなに、正直、現実逃避だってわかってる。
「うわあああああああん」
「よしよし」
隣で女の子が、今や俺より大きな背丈の女の子が、俺より肉体的に年上だろう女の子が、俺みたいな幼女に抱きついて、安心したように声を上げて泣いているのだから現実逃避もしなくなるというものだろう。
こんな山、こんな雨の中でもミニスカートなんだ、とか。こんな状況でも、フードの中を見られないように顔を上げないようにしよう、とか。そんなことを考えていたせいで、考えもしなかった可能性。
諸々だ。今まで、一切合切考えもしなかった可能性の塊。
この世界では黒髪が珍しい。日本人的な黒髪の人は、この世界では人口的にとても少ない。
まして、俺の住む山周辺は、黒髪種族とは無縁の地域らしく、黒髪というだけで話題になるくらいには、とても異質な存在だった。
俺だって、転移じゃなく転生だから、この世界準拠の金髪碧眼美少女ならぬ美幼女である。
そう、だからこそ、ちょっとは期待していたのだ。心のどこかで、そうあってほしいと期待していた。
変じゃないか。俺みたいな根無草のグータラ星人が、誰かのために戦って、誰かを安心させようとしている時点で、すぐに相手が誰なのか気づくべきだった。
そう、相手が転移者であり、俺の素性を把握できるような能力も持っている、または俺の事情を聞いてきている可能性。
いや、そんな他人行儀な関係じゃない。
幼女の俺が女の子の頭を撫でる。
そんな状況にデジャヴを感じている俺。
「うわあああああん! お兄ちゃーん!」
改めて聞くまでもなく、聞き覚えのある声。聞き慣れた声。もう二度と、聞けなかったはずの声。
「
「お兄ちゃーん! 会いたかった。会いたかったの!」
俺は嬉しいことを言ってくれる、わんわん泣きじゃくる妹の頭を撫でる。
いくら、買い物の荷物持ちとしてしか見られないほど、冷え切った関係の兄妹だったとはいえ、俺は
小さい時は、何度、泣く天華のことをあやしてやったことか。
「よくがんばったな。大丈夫。もう大丈夫だから」
「うん。うん。私、がんばったの。お兄ちゃんに会うために、お兄ちゃんを助けるために、がんばったの。ここに来て、何が何だか分からずに、失敗したって思ったけど、でも、そうじゃなかったんだね」
「ああ。そうだ。お前は失敗なんてしていない。俺はここにいる。何をしたのかまではわからないが、お前のやったことは大成功だ」
「そうだよね。お兄ちゃんだよね!」
まあ、どうして今の幼女の、ルリヤの姿の俺が、天華の兄、青山天成だとわかったのかは謎だが、その辺もそういう何かがあるのだろう。
そもそも、どうしてこの世界に来れたのか、なんで来たのかとか、色々と聞きたいことは山積みだ。
だが、今はそんな状況じゃない。
「うわあああああ! うわああああああ!」
雨のせいで顔が濡れているのか、涙のせいで顔が濡れているのか分からないほど、俺という存在に安心したように、声を上げ続けて妹が泣いている。
妹が泣いているのに、自分だけ疑問を解消してスッキリしようなど、兄の所業ではない。少なくとも、今の俺にはできない。
というわけで、彼女にしては真っ黒な服装をしていることや、背後に本が浮き続けていることには触れず、俺は彼女を満足するまで泣かせてやった。
落ち着いた。と思ったら、泣き疲れて寝てしまったようなので、今はもう俺の方が体が小さいのだが、背負って小屋まで連れてくことにした。
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