第38話 遺跡が開けてくれなくて
ここまでの障壁、まあ、シカによる移動中の魔物やら魔獣やらに関しては、ストックしていた攻撃で排除してきた。
村の中で、素振りというにはおかしな動きをしていた時は、流石にヨバナちゃんにも訝しむ目で見られたものだが、そのおかげで安心安全全速力のシカダッシュだったわけだ。
だが、今はそういうわけにもいかない、気がする。
岩でできた重々しい扉は、とても開くことを前提としているようには見えない。さながら壁の如しだ。
「ヨバナちゃんたちはここから入ったの?」
「うん。ここから入ったよ? 開かない?」
「うーん!」
一通りヨバナちゃんと一緒に踊り終えたので、壊すのではなく開けるために押したり引いたり、スライドしようとしてみたり、四方八方、可能な限り色々な方向へと負荷をかけてみているが、残念、こいつはどうやらびくともしない。
「本当にここだった?」
「本当にここだよ。信じてくれないの?」
「いや、そうじゃなくって。もしかして、そっくりなものがいくつもあるとかで、そのうちの一つなのかな? とか思って」
「うーん……。魔法使いが何人もいたってお話は聞いたことがないから、ここだけだったと思うよ?」
「そうだよなぁ。疑ったみたいでごめん」
「ううん。わたしもキツイ言い方だった」
「いやいや、ヨバナちゃんに言われるなら……」
「なら?」
「なんでもない! 今はこの入り口だ」
あの妹にしてこの兄ありとか言われかねないところだった。危ない危ない。
しかし、ヒントというヒントも見つからない。
こういう時は入り口に謎でもあるのだろうが、あるのだろうが。
「ないな」
「なにが?」
「鍵穴とか」
「穴はないね」
まあ、ここは魔法使いの住処ではあっても、他の誰かを入れるための施設じゃなかったことはわかっているし、謎があったとしても、本人しか入れないって可能性もないじゃなさそうだ。
でも、ヨバナちゃんもそのご両親も、ここ、入ってるんだよな?
「ヨバナちゃんって、遺跡の中にどうやって入ってたの?」
「わかんない」
「でしょうねぇ」
わかってたら、開けゴマとばかりに、ヨバナちゃんが得意げに岩石の扉を開けてくれるはずだ。彼女はそういう少女である。
そうでないってところを見ればわからないというのは本当なのだろう。
そもそも、俺以上にこの遺跡の中に入りたいのはヨバナちゃんのはずだ。わかっていればすぐさま中に入りそうなものである。
何せ、この遺跡こそが、神秘と言っていいほどのキレイさに加えて、とてつもないオーパーツを秘めているのだから。詳しくは伝聞だが……。
とにかく。俺は盗賊でこそないが、そんな大冒険にワクワクするくらいにはまだ少年のつもりだ。
「ぶっ壊すか?」
「ま、待ってよ! 壊したら中にあるものがどうなるかわからないよ?」
「それもそうなんだよな。でも、入り方わからないし」
「待って。わたしが思い出すから、壊したりしないで」
「いや、冗談だよ? 本気で壊したりしないって」
「……」
本気にしてしまったのかそうでないのか、ふらふらふわふわしていたヨバナちゃんは、真剣な表情で腕組みし出した。
扉を見ては目を伏せて、そのかわいらしい顔にはとても似つかない、と言っては失礼だが、冷静になって過去を振り返り思い出そうとしてくれているみたいだ。
しかし、すぐには思い出せないようなものか。
やっぱり謎の類? いや、謎ならむしろ子どもの方が覚えていそうな気もする。
「……何か、かざしてた」
「え?」
「ママとパパ。この扉に何かをかざしてた」
「何かを、かざしてた?」
馬鹿正直にヨバナちゃんの言葉を繰り返してしまったものの、何かをかざしていた、か。
それは、謎の答えなのか、それともカギということなのか。
この、遺跡という性質上、どちらもありそうな話ではあるが、そうなると怪しくなってくるのは壊してしまったアレだ。
「これ、か……」
「なんで持ってきてるの?」
「え、だって、ヨバナちゃんこれで思い出したんだし、必要になるかなって」
「失くしたらどうするの! それ、わたしのだよ?」
「いや、ごめん。本当にごめん」
無神経なことこのうえない。が、俺だって何もしていなかったわけじゃない。ヨバナちゃんの目を盗んでしれっと取ってくることはできてしまった。
しまったからこそ持ってきたのだが。
うぅん。くぼみにはまるとかじゃないのか。それじゃこのくぼみは経年劣化か?
「え、え!? ルリヤちゃん何してるの?」
「なにって、これで扉が開かないかなって」
「……」
ヨバナちゃんが唖然としてしまった。
返す言葉もないみたいだ。いや、これは誤用か。俺が御用ってことね。これじゃそれこそ盗賊だもんな。
持ってきてよかったねってエピソードになることを期待していたのだが、そういうわけにもいかなかった。
「もう。今度ばかりは反省して」
「ああっ」
取られてしまった。いや、無理やり返すことになった、か?
「ルリヤちゃんって本当に男の子なんだね」
「そうだけど?」
「これはただの首飾りじゃないんだから」
「ごめん……」
首飾りなんて俺としちゃ邪魔なだけって気もするが、それが俺が男、ガサツな男ってことなのだろう。
かつていた、他の村の少年たちと同じように……。
俺は実際金属アレルギーでこそないが、首周りのチャラチャラしたのは苦手な方なんだよな。
「こんなのでも、何かいいものなのかねぇ」
「え!?」
「え。なに? もう流石に家のもの勝手に持ってきたりしてないよ」
「違う違うの」
と言いつつも、すっかり俺の信頼が失墜したように見えたルリヤちゃんは、熱烈に俺のことを見て、俺に接近してきた。
具体的には胸の辺り。
見られてるとわかるんだなと思ったが、俺の背格好が大きければ胸を見ているとは思わなかったかもしれない。
それは、俺の服。あまり好きでない、だが、捨てるわけにもいかない服。名も知れぬ、今のルリヤちゃんの両親が、俺に託してしまった衣服、その首周りの部分だった。
「それ、どうしてルリヤちゃんが持ってるの!?」
人差し指をぶっさす勢いでヨバナちゃんが突っ込んできた!
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