第37話 意外と汎用性抜群だな

「ありがとう」


 俺が感謝の言葉を伝えると、ここまで連れてきてくれたシカは元気に去っていった。


 ドラゴンとかかと思った? 残念。俺にそんな力はありません。まあ、ドラゴンライダーってのはちょっと憧れるけどね。倒せたし今度はドラゴン探しもしてみようかな?


「さて、到着かな?」


「うん。ここここ!」


 どうやらヨバナちゃんの記憶は正確だったらしい。


 まあ今回ばかりはドラゴンで移動できてもシカとかウマとか、陸上移動をしていただろう。


 ヨバナちゃんの案内が必要なので、空から見た記憶はないだろうし、陸上からの探索移動でやってきた。やっときたのは思い出の遺跡。


 いやぁ、あっという間だった。それに、正直なところ移動中のことを思い出したくない。俺は乗り物に強くないのだ。


「すごかったね! 楽しかったね!」


「そ、そりゃ良かった……」


 どうやらここでも動物ネタがお気に召したらしい。


 これまでは、動物を呼び出す力なんて頻繁に使うことはなかったのだが、何が変わってしまったのだろう。天華か?


 まあ、俺が苦手ってことに変わりはないが、少女がジェットコースターにでも乗ってる時のように声に出して笑っていたから、正直、それだけでもやった甲斐はあったと思う。やりたくないことに変わりはないけどな。


 ここまでの流れでなんとなく察しはつくことだろうが、方法としては指笛を吹くことでシカを呼び出してから、ライドオンしたわけだ。


「お馬さんより速かったよ! ビュンビュンだった」


「まあ、お馬さんも馬車を引きずってたらスピードは出せないだろうからな」


「なるほどね。でも、シカさんもわたしたちが乗ってたら走れないんじゃない?」


「そこは特別なシカさんだから……」


 そう、操舵者なんていないようなものなのだ。人間がどうなろうと知ったこっちゃない、特別な教育を受けていないシカさんだ。


 それだけでない。その体格というか体つきとしては、ウマと比べても遜色ない立派なシカさんだ。


 ここは俺も詳しくないが、せんべいとか食ってるような個体じゃないからだろうか? ロリ二人の重さなどものともせずに移動していた。


 やっぱりここでも複雑な気持ちになるわけだが、元々ウマに乗る乗馬クラブの一員とかでもないので、思えば大したショックでもない。


 念の為、落ちないようにヨバナちゃんを前に乗せて、颯爽と風を切りながら移動してきたが、この采配は正解だったと思う。


「ね、またやろまたやろ」


「遺跡についたんだから遺跡に入ろうって」


「えー。でも楽しかったよ? もっとやろうよ。ね、お願い」


「……う」


 そうとう楽しかったようだ。目をキラキラ輝かせて、俺の顔を覗き込んでくる。


 娯楽の少なそうなこの世界、掴んだ糸は死んでも離さない根性が根付いているのかもしれない。


 それに、かわいい女の子からのお願いを断れるほど、俺も硬派な男ではない。


「帰りにね」


「やったー!」


 移動するならどうせ乗るということすら忘れた様子で、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。満面の笑みとも差し支えない気持ちのいい笑顔で、体で嬉しさを表現している。


 やっぱりこっちの方がヨバナちゃんの素なのだろう。こっちの方がかわいらしい。


 もう少しだけ周りが見えて、俺の顔色が悪くなっていることとか、思っていた以上にスピードが出ていて、未だ足が笑っているところとかに気づいてくれるとなおいいのだが、小さい子相手に欲張ってもいられない。


 そもそも、少女に気を使わせてどうするのだという話だ。


「あ、えっと……」


 俺が喜びに狂い舞うヨバナちゃんに癒されながら見ていると、突然その動きが止まった。


 実に既視感のある動きだった。


 俺のことを見れないのか、背中を向けるようにくるりと半回転してしまった。


「その、今のもなかったことにして」


「え?」


「わたしはもう大人だから、人前ではしゃいだりしないの」


「ああ。なるほど」


 そういうことだったのか。


 見られて恥ずかしいという恥ずかしがりな一面なのかと思ったが、あれだけ馬鹿騒ぎしておいて恥ずかしがりってこともないか。


 冷静になって恥ずかしいというよりかは、背伸びしたいからこその恥ずかしさということだったわけだ。


「それなら一ついいことを教えてあげよう」


「いいこと?」


「そ」


 気になったのかチラッとこちらを見た気がしたが、すぐに俺から目線をそらしてしまった。


 きっと今頃その顔は耳まで真っ赤なのだろう。髪は短めでも耳は出ていないから、村での出来事を思い出すほかない。


 だが、ありありとその情景が目に浮かぶ。


「大人でも楽しければはしゃぐよ?」


「そうなの?」


「そうだとも」


「わたしが喜んでるのをもう一回見たいからつく嘘じゃないの?」


「どうしてここだけ疑うのかわからないけど、嘘じゃないよ」


「だって、ルリヤちゃんははしゃいでないもん」


 そういうやそうだ。


 ただ、今回は俺にダメージが大きいからで、前回は何度かやっていて俺も慣れているということで。


 反応がにぶいのは俺からすればわかりきったことだが、ヨバナちゃんからすればそうではない。人は言わなければ伝わらないのだ。


「ルリヤちゃんもシカさんに乗れるの嬉しい?」


「いや、それは……」


「ほら」


「ち、違うって……」


 吐いた唾はのめないってことか……。


「やったー! 嬉しい!」


「本当に?」


「本当本当。遺跡に行かなくていいならすぐにでも乗りたいくらいだよ」


「だよねだよね!」


「ふー!」 


「イエーイ!」


 こういうのは温泉と同じだ。周りに自分と同じような人がいるかどうかという、安心感を得るための人間の心理的な機能だろう。


 俺だって、見た目としてはヨバナちゃんより小さいのだ。そんな俺が騒いでいなければ、彼女が気にしないわけがないじゃないか。


 ということにはなるのだが、少女のテンションに合わせるのは、まあなかなか大変だった。


 そんなふうに騒ぐのも、遺跡の入り口が実は塞がれていて入れないからなのかもしれない。

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