第5話 目覚めよ妹よ
「おい、妹よ。天華。天華ちゃん!」
しばらく起こそうと画策してみているのだが、ダメだ。全然起きない。起きる気配がない。
風呂とかなんとかいう前に、起こさないといけないんだが、ほぼほぼ無反応だ。
まあ、いい感じのタオルとかあれば、拭いてあげることで対処療法にはなるのだろうけど、タオルにできそうな布があるほど、俺も裕福な生活をしていない。生まれながらの山暮らしなんだよなぁ。こっちでは。
しかし、だからといって、さっき暖炉に火をつけたやり方で天華の水気を吹っ飛ばそうものなら、直接ぶつけた瞬間、あったまるどころか炎上しかねない。あっためるつもりが燃え上がってどうする。
けどまあ、転移してきて、雨で冷えて、色々な理由で弱ってそうだから、起こすってのも正直忍びない。
「いや、この際そんなこと言ってる場合か! 寝起きの不機嫌とかよりよっぽど命のが大事だろ」
そうだよ。いくら嫌われ兄貴だからって、妹の命を見捨てられるほど、俺も薄情じゃない。そもそも、そんなことができるなら、俺が幼女になることも、トラックに轢かれることもなかったはずだ。
「おーい、天華。おーい。おーいってば!」
つん。つんつん。とほっぺをつつく。
柔らかいというより冷たい。あったまってきた俺の指先に対して、未だ天華のほっぺは冷たいという、悲しい感触が帰ってきて、俺の心が冷え切ってしまいそうだ。
俺は幼女だし、暖炉に当たったから、火の粉のようにあったまっているが、妹は濡れっぱなしで、まだまだ冷たい。そんなのが温度差によってよくわかる。
しかし、いたずらと呼ぶには控えめな気もするが、妹だからって、あんまりいろんなところ触ると、それはそれで怖い。
魔法がどこまでできるわからないからねぇ……。
「天華ちゃーん」
ぷにぷに、つんつん。ぱくっと、俺は変わらず天華のほっぺを……。
ぱくっ?
「ん! 指食われた!」
「ほいひい」
「やめて。天華。食べないで! それ俺の指、俺の指だから。ご飯じゃないから!」
「んみゅ?」
俺の言葉がわからなかったのか、目覚めたばかりの妹は、不思議そうに首をかしげて、謎の声を漏らした。
一度ぱちくりとした後で、しばらく俺の指を味わってから、天華はふわぁと大きなあくびをした。
俺は、そのタイミングを見逃さず、勢いよく手を引っ込めた。どこの兄が妹に指を食われると思うよ。いや、赤ちゃんならまだしも、もうそこそこ大きくなった妹にだぜ?
まあ、本気で食べようとしてたわけじゃないみたいだからよかった。噛まれた感触は残ってるから、歯は立てられたんだろうけども……。
「でも、目が覚めたみたいでよかったよ。天華」
「うん。助かったよ。それで、あなたはどなた?」
大きなあくびをした後で、天華は不思議そうに聞いてきた。またしても不思議そうに。
あなたはどなた?
脳内にその言葉だけが響く。
「え、え……」
天と地がひっくり返ったんじゃないかという衝撃に、俺の体がガタガタと震え出す。
え、お兄ちゃんって言ってたよな。天華、俺のことお兄ちゃんって……。
「ててて、天華ちゃん? ウソ、だよね? 冗談だよね? 俺のことが誰かわからないなんて」
まさか、脳がやられるようなことをドラゴンにされていたのか?
それとも、俺がトドメを刺してしまったからこんなことになっているのか?
はたまた、暖炉で暖を取ってゆっくりしてたから?
信じられないとガタガタ震える俺に対し、我が妹はにぱーと笑った。
「冗談に決まってるじゃん。たかだか女の子になったくらいのことで、お兄ちゃんのことを私が見間違えるはずないじゃん」
「そ、そうだよな。天華だもんな」
「そうだよ〜」
ははは〜と笑ってあっけらかんと答えてくれた。
俺もそんな天華を見て、ほっと胸を撫で下ろ、そうとして、違和感。
「あれ? 違くね? 違うよな。俺のこの姿で、俺が天華の兄だってわかる方がおかしいんじゃないか?」
そうだよな。だって今の俺、面影は何もないんだよ? 誰だってわからないはずじゃ……。
「そんなことよりお兄ちゃん。私、冷えちゃったみたいで、寒いんだけど」
「あ、ああ。そうだな」
そうだった。天華は雨のせいでびしょ濡れだった。
天華の窮地を前に、俺の事情などそんなことだ。何もかもそんなことだ。
「暖炉はあるんだが、目を覚ましてもやっぱり寒いか」
「あったかいけど、焼け石に水って感じ」
「シチュエーションとしては逆って感じだけど」
まあ、寒いんじゃそんなふざけたことを言ってる場合じゃないな。
「前時代的な風呂ならあるけど、それでいいか?」
「やったー! お風呂!」
よほど入りたかったらしく、天華は勢いよく飛び起きた。
「まあ、使い方は一度説明するからおわっ!」
俺が偉そうに、足りない身長で上から教えようとしたら、妹である天華に、簡単に抱き抱えられ、脱衣所まで運ばれてしまった。
わかってたことだが、今は天華のが身長高いんだよな。
「お兄ちゃんが説明してくれるなら、よくわからなくても安心だね」
「見ればわかりそうではあるけどな」
「でも、久しぶりにお兄ちゃんとお風呂に入れるなんて嬉しすぎだよ」
「そうか? ん?」
「いやー。濡れたままだったから冷えちゃったな〜」
そんなことを言いつつ、我が妹はなんの躊躇もなく、その身に纏う衣服を脱ぎ出した。
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