第28話 長々語ったが、だから俺は口出しをしない。

「いや、お前誰って話なんだけど」


「はっはっは! 昨日までのジミ子さんは仮の姿! 生まれ変わった私はセクシーセンセーションふきとお呼びください、師匠!」


 いや、誰が師匠だ。いや、それはいいや。誰? いや、蕗か。


 声や行動は間違いなく海野うんの蕗なんだが。眼鏡におさげ、自信なさげな上目遣いの素朴な女子は何処いづこへ?


 アンディの説明によると蕗の髪型は外ハネレイヤーボブというらしい。髪型の名称を言われても全然わからん。


 肩より長かったおさげはバッサリ切られ、肩に掛らない長さで確かに外にハネてる。前髪が右目を隠す感じが何とも言えない怪しい雰囲気をかもし出している。


 黒だった髪色も明るい栗色。確かに強そうだしセクシー路線。


「私は、まぁ。無難にミニボブ」


 少し不貞腐ふてくされた口調の遥。蕗ほどのインパクトはないが、元がセルフカットでガタガタだったことを思えば見違える変化。


「何が、無難によ遥。あんたね、ガタガタ過ぎてこれしかないのよ、これしか! いい? この髪型でセルフカットしたら、後ろ刈り上げしかないからね」


「はいはい、わっかりました。アンディさぁ、お母さんよりお母さんなんだけど。信哉君、どう? 悪くないでしょ、駆け落ちしたくならない?」


「かけ⁉ 源君をそそのかさないでください!」


 小さく叫びながら飛び出してきた平さん。髪の長さこそ変わらないが、明るめの髪色。アンディが言ってた通り少し明るい色のインナーカラーがされてる。


「平さん」


「ど、どうでしょう? 確かに海野さん程の衝撃はないかもですが、わたし史上最大の冒険なのですよ。を褒める前に先ずは私を褒めるべきです!」


「信哉君も大変ねを強要されるだなんて。それよりなによ、アンディ。信哉君を不良にでもしたいわけ? ほぼ金髪じゃない髪」


「あら、似合ってると思うけど?」


「それは……誰も似合ってないなんて言ってないでしょ。あの、お願いがあるんだけど。その海野さんと……たいらさん」


たいら⁉ はぁ⁉ 私のどのように真っ平と? お言葉ですが伊勢さん。お願いする人の態度とは到底思えないのですが?」


「まぁまぁ、平さん。ここは聞きませんか? ね? せっかく平さんもスーパーなイメチェンしたんですし。怒ってるお顔を師匠にお見せするのはどーかなぁ、と思うわけです」


「う、海野さんがそう言うなら」


「はい、では伊勢さん、どうぞ心置きなくお願いとやらをお話しください」


 遥の不謹慎ふきんしんな発言で一触即発いっしょくそくはつな空気がただよったが、蕗の軽快なとりなしで事なきを得た。だいたい平さんに対して『真っ平さん』とは失礼だ。


 くらい胸はある。確かに遥、お前は『F』かも知れんが! ん? 何故に平さんは俺をにらむ? 


 まさか俺が胸のこと比べてるとでも……比べてないよ? そんなには。


 ***

「言いにくいんだけど――」


 そう切り出して、溜息ためいき。遥の話し方はいつもこんな感じ。重要な話になればなるほど。俺とアンディはそれなりに慣れてるが平さんと蕗はそうではない。


 特にあいだを取り持った蕗は俺と遥を交互に見て落ち着きがない。時間が掛るのは知ってるし、待ってるとわかると遥は焦る。


 だから、俺は興味なさげにソファーに座り、どうでもいい雑誌に目を通す。


 俺の態度にあきれた様に隣に座り「よいのですか、冷たくないですか?」と平さんが耳打ちをする。


 口調から少し怒られてるようだ。肩をすくめて「いつものことだ」と返すが「へぇ、なのですね、!」と気に入らないらしい。


 どうすれば俺は平さんに気にいられるのだろうか。平さんは俺の姉ちゃんか? 姉ちゃんはひとりいれば十分だし、お腹いっぱい何なら胸やけすらする。


 でも実際俺が口を挟まないで無関心を演じているのは十分すぎる理由がある。遥は俺と同じでどうでもいいことはよくしゃべるが、重要なことは言語化しない。


 しないのか出来ないのかわからない。いや出来ない方か。それが後々ストレスになる。いま言ってるのは自分の家族に対し、思うことを言えないまま飲み込んで、ストレスになるという意味。


 そのうまくいかないストレスを糧に創作活動の原動力にしているようにも見える。


 それを中学の俺は近くで目にしてた。その姿は俺からしても精神衛生上いいようには見えなかった。


 いや、むしろ遥の家族はえて遥に圧を与えることにより、ストレスを燃料に昇華しょうかさせ、絵にのめり込ませようと作為さくい的な意図いとを感じた。


 絵を描いている遥が好きだった。だけど、そこまで追い込まれないといい物が描けないなら、描けなくったって……


 そんな風に創作そうさく活動とは無縁むえんの俺には思えた。だから、思う。


 もし、絵を描くことに何かしらの強迫きょうはく観念かんねんが必要だとして、それが欠くことが出来ない物なら、絵を描く以外のところでストレスを溜めないで済む行動を身につけた方がいい。


 長々語ったが、だから俺は口出しをしない。すればきっと創作活動以外に興味が薄い遥は俺の意見を丸呑みするだろう。言語化が苦手だしその方が楽だから。


 でも、それは自分の意見じゃない。突き詰めていけばどこかで齟齬そごが出る。食い違いで出来た歪みを修正出来るほど遥は器用じゃない。


 だから、始めから歪みを作らない。その為に俺は遥の言葉を待つことにした。


 それが決して居心地よくない時間だとしても。

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