第25話 トライアンドエラー。

「えっと……」


 そう言った切り、平さんは言葉に詰まる。マズい。つい熱く語り過ぎた。求められたとはいえ、そこまでのものは――なんてあるあるだ。


 いや、でもいい。思春期男子はこれくらいエロいんだからと、注意喚起かんき出来ただけでも本望だ。結果的に平さんの男子に対する警戒心が上がれば目的達成。


「源君」


「なに?」


「言いにくいんですけど、その……検証けんしょうしてみないですか? 何事もトライアンドエラーです!」


 はぁ? 検証? 懸賞ではなく? いや、懸賞だよな? 何ならひとっ走りコンビニまではがきを買いにいくけど。


 俺は心を入れ替え、現実逃避とうひを一旦やめて平さんの言葉に耳を傾けることにした。


 しかしのぞきにトライアンドエラーは必要だろうか。覗きの精度上げてどうするんだ?


「えっと……検証って、脱衣所でその……着替えてる時の?」


「そうです。その、なんて言うか源君が言ってる事がピーンと来ないと言いますか。私、源君の設定だと全然脱いでませんよね?」


「いや、下はパンツだけど」


「でも、後ろ向きですよね。上にいたってはブラの上にキャミを着てる感じですよね。露出ないじゃないですか! いいんですか⁉ 男子たるものが! こころざし低くないですか?」


 のぞきに志求められても。いや、逆に『覗きとはこうあるべき!』などと熱く迫られたら怖くないか?


「いや、露出してるよ? バックショットなんて男の夢みたいなもので」


「うそ、ついてませんか? 私、そんなに魅力ないのかなぁ……そうそう、前日拝見した文献ぶんけんには『手ブラこそ正義!』と」


 文献て何⁉ どんなの読んでんの? それ文献とは名ばかりのえっちな本だよね。いや、逆にそのえっちな文献閲覧えつらんしてる平さんの姿覗きたい! 


 いや、待てよ。手ブラは手ブラでも俺が知らない手ブラがあるかも知れん。そうだよ、そう! 古風とはいえ平華音かのんは現役女子高生。いうなら現役JKだ。


 俺なんかが知らない流行に敏感びんかんなはず!  それか聞き間違え説もある。カメラの補正ほせいの話かも知れん!


「平さん、ところで『手ブラ』って……」


「えっ、知らないのですか?『手ブラ』はこうです、こう」


 知ってる~~俺の知ってる世間一般がいう『手ブラ』だった~~! しかも平さん芸が細かいから自分の胸を寄せて上げましたが! 


 なかなかクラスメイトの女子が寄せて上げるの見れませんが! きょとんとした顔のまま手ブラ続けないで~~おぉ……写真撮りたい! 


 撮りたいけど余りのことに手が震えて……あっ! 今こそ手ぶれ補正⁉


 ***

「失礼しました。源君の懇切こんせつ丁寧ていねいなご説明で得心とくしんしました。実は私、中学まで女子校でして男子は最低えっちだと。一糸まとわぬなんて、女子のたしなみだとばかり。おかしいですね、どこから私の知識に歪みが生じたのでしょう……」


 平さん。声に出して言えませんが、恐らくあなたが愛用してるえっちな文献のせいでは。


 びっくりだよ、高校の聖女さまがこれほどえっちに寛容かんようだとは思いもしなかった。


 いや、正確にはえっちの基準がおかしいだけか。


「あの、一応言うけど他の男子に……」


「しませんよ、えっちな話なんて。ご心配は無用です」


「本当に?」


「心配性ですね。それはさて置き、脱衣所で検証を――」


 ダメだ、なんかわかってる気がしない。いや、ここは平さんのバックショット見とくか? 見たくないワケないし、本人のえっちな基準歪んでるし。運が良ければ写真撮らしてくれるかも。


 そんな我田引水な発想に切り替えたその時、小さく手を打って平さんはホッとした顔をした。


「安心しました。源君、少しは私をえっちな目で見ているのですね。わたくし、少しその……お胸にほんの少し自信が持てなくて。でも、安心しました!」


 やめて、そんなキラキラした聖女さまスマイルで見ないで! 俺なんて平さんのバックショット、あわよくば見ようとする気、満々なんだから! いや、この勢いなら写真撮影もいけるんじゃね? になってたし。


 しかもバックショット時に少しお尻を突き上げて、とかまで注文出そうとしてますから!


「では、お着換えしてきますね。もちろん、覗いたらダメですからね? これでいいのですよね? 源君のお陰です!」


 あっ……俺は自らなんて事をしてしまったんだ。俺はどこで間違えたんだ? どこを間違えたんだ? 


 なぜこんなことになってしまったんだ? あと少し、もう少し、あと1歩のがんばりで、高校の聖女さまのバックショットがこの手に……見てからでもよかったんじゃないか? 


 検証した後にダメ出しでもよかったはずだ「こんなこと俺以外の男子の前でしちゃダメだからね」と優しくキャミ姿の平さんを抱きしめるルートもあったはずだ。


 仕方ない、人生なんだ。こんな日もある。うまく行かないことなんて山のように今まであったじゃないか。そう、こんな時こそ平さんが言うようにトライアンドエラー。明日があるさ。


 ***

「お待たせしました。どうでしょうか」


 後悔の血の涙を流す勢いで、リビング待機をしていた所に平さんが聖女さまスマイルで現れた。顔を赤く染め目をそらしながら。


「もしかしておそろい?」


「そ、そうなんです。その……『これしか売ってなかったから仕方なく』とか昨晩は言い訳をしようとしたのですが。だって、恥ずかしいですし、その……狙い過ぎな感じしますし。でもペアルックなるものにあこがれがあったと申しましょうか。お外ではその……恥ずかしいじゃないですか。なので、お部屋だけでもと」


「それで着替えて欲しかったんだ」


「恥ずかしながら……嫌、ですか?」


 いきなりの正面攻撃に俺はたじろぐ。そもそも、聖女さまとしての破壊力がある。皮肉なお口が先行して気付かなかったが、元は聖女さまなんだ。


 寝取られ男の俺には本来この状況は荷が重い。俺はのんきにあくびをしていた麻呂を抱き上げ手をとって麻呂に言わせてる風に言った。


「ご主人さまはちょーかわいいです~~」


 更に真っ赤な顔する平さん。麻呂は仔猫ながら迷惑そうな目で俺を見た。いや、たのむよ。今度おやつ買ったげるからさぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る