第24話 わが生涯に悔いなし。

「覗きたいかどうかと聞かれたら、覗きたいというか、見たいけど後の関係を考えたら覗かない」


「あっ、ファンタジーな話なんで、そういう真面目なのは結構ですよ。ただ単純に悪戯いたずら心とか興味半分とかでも構わないです」


「じゃあ覗きたい、かな?」


な?」


 にこやかに小首を傾げる。どうやら疑問形では満足いかないらしい。


「覗きたいですけど? さげんだ視線で俺を見る罠じゃないだろうな?」


「まぁ、なんてことでしょう。この疑い深さはやはり北条さんの寝取られの後遺症なのですね、なんて可哀そう。私が全身全霊をもって癒して差し上げましょう! そういう訳で全然罠じゃないです。もちろん誰にも言いません。そもそも私がそんなこと言えるような相手がいると思ってますか? 私の自然なボッチ感を侮ってませんか? 唯一話すとしたらこの子、麻呂くらいのものです」


「仔猫にその話は重くないか? 確かに聖女さまとまつり上げられるも楽じゃないなぁ」


「はい。そんな可哀そうな私の好奇心を満たしてやってくださいな」


「いいけど」


「では、お許しが出たところでシチュエーション編ですね」


 身を乗り出す勢いでノリノリなんだけど、これ自分に対する覗きの話だよなぁ。まぁ、いいか。


「ここはオーソドックスに、脱衣所で着替えてるのを知らずに開けてしまうというのはどうかなぁ」


「それはあれですか、いきなりドッキリみたいな感じですよね。そういうのがお好みですか?」


「ん……どうだろ、覗きとか言われたら俺のイメージ的には窓からだけど、ここ最上階だろ? 命がけだし」


「そういえば、言ってましたね。高いとこが怖いって。その怖さを克服してまで覗き見したい程の魅力はありませんか?」


「いや、そもそも怖くて目を開けれない可能性すらある」


「そうですか。残念ですが、そのいきなりドッキリな展開の方にしましょう。私はどこまで着替えてる感じなのでしょう、もしや全裸でしょうか」


「俺の好みとしては――」


「それは性的趣向しゅこうということでいいでしょうか?」


「性的趣向って言わないで。漢字にしてもいかがわしさは健在だな、いや逆に増すか」


「気にしないでください。私の自己肯定感向上のためです。多少の性的趣向の開示は我慢してくださいね」


 ニコリと笑ってくれるものの、いいんだろうか。


 思春期男子の、その……性的趣向を真正面で開示しても。結果ドン引きなんて目に見えてるが、これはこれでいいかも知れない。


 思春期男子の欲望に少しくらい警戒心を持たせた方がいい。


 平さんの周りの男子は俺だけじゃない。友奈のこともある。和田一党がしたことはクラスで起きたことなんだ。


 しかも、今日友奈を通して俺が平さんと三浦と付き合ってるか探りを入れて来た。俺に関わる女子に漏れなくちょっかいを出す気なんだろう。


 友奈の時は入替り立ち替わり口説き落とした。本人的には思わず訪れたモテ期に舞い上がっていた。


 友奈は合意の上なので問題ないが、平さんが奴らに口説き落とされるイメージがない。けんもほろろなんて簡単に想像が付く。


 だけど、余りにも怖いもの知らずの対応をして、実力行使なんてされたらたいへんだ。常に俺や佐々木、細川君が平さんの側にいるとは限らない。


 三浦の場合は安心していいい訳じゃないが、周りに気の強い系女子をはべらせている。何より登下校は佐々木がいる。


 平さんには少しくらい、思春期男子はヤベぇくらいの感覚を持たせたい。なので恥は承知で性的趣向を暴露することにした。


「そうだなぁ、着替え中にうっかり……いや、ここは平さんが着替えてるのを知っておきながら、あえて脱衣所のドアを開ける」


「そ、そうなんですね! えっと知らない振りなんですか?」


「単純に平さんの着替えを見たいから以外ない。どうしても見たいけど、男的には後の付き合いもある。だから『ワザとじゃないんだ!』の言い訳が欲しい」


「そうなんですね、それはウソまでついて――」


「そうそう、ウソまでついて平さんの着替えが見たいって事になる」


「ひ、否定しないのですね。源君ならおどけたり、冗談でけむに巻く感じがするんですけど」


「思春期男子の危険性も知って欲しい」


「そうですか。でも、今は源君の興味が知りたいです。その時、源君が脱衣所に入った時って私はどんな感じをお好みですか。怒らないので正直にお願いします。それも詳細に」


 詳細にと言いながら身を乗り出す。


 しかしここ本気で詳細を語れば、ドン引きなんてことはよくある話「いや、そこまでのはいらないです~~」とか「正直、胸やけする~~」なんて言われかねない。


 言わせておきながらと思うのが関の山だが、思春期男子たるものがどういうものか、目にもの見せるのが目的だ。ここは恥を忍んで粛々と願望の詳細を語ろうじゃないか!


「まず、下は脱いでる」


「パンツもはいてない感じですか。じゃあもちろん前を向いてるんですよね!」


 なに、この娘。パンツはいてないで前を見られたいの? どんだけ身を乗り出してんの! もう、触らないでドン・タッチ・ミーなんだけど! 


 いや、俺の性的趣向を甘く見られたら困る。パンツ脱いで前向いてるなんて妄想。普通だろ、普通。


 寝取られ男の称号は伊達じゃないぜ!


「違う。そこ全然違う!」


「違うのですか? では……」


「『では』じゃない『では』じゃ。わかるか、お前はエロ本でもえっちな動画でもない。しかし、残念ながら他の男子のように聖女さまとあがめるつもりもない。ここはパンツをはいたまま、しかもバックショットだ!」


「バックショット? 背中向きですか? はいたままでいいんですか? あっ、では上は世に言うトップレス状態ですね!」


 俺は「有り得ん!」と言わんばかりに首を渋い顔で振った。


「今なら制服を着てるだろ、それを脱ぎかけてる。制服の下はいきなりブラなんてとんでもない。現実離れしてるし、これを言ったらお前は怒るかもだが、敢えて言わせてくれ。お前は高校の聖女さまなんだ。制服の下がいきなりブラなんてあってはならない! ボタンとボタンの隙間からブラがチラ見なんて、ダメだ! 世間が許しても俺が許さん! ここから察して欲しいが肩ひもが透けてるのもナシだ! それくらいガードが高くて初めて聖女さま足り得んのだ! だからこそだ! 脱衣所で着替え中。下はパンツで上はブラではない。キャミ状態。しかも、ここからが重要だ。肩ひもが、肩ひもが垂れて二の腕に掛っている! そこからのお前のひと言!」


「なんて言えばいいんですか?」


「簡単だ。顔を真っ赤に染めて短く『もうッ!』これだけで十分だろ」


 あっ、つい熱く語ってしまった。しかし、これで思春期男子が如何いかに危険であるか理解して貰えただろう。


 自らの危険を顧みず、平さんに迫りくる火の粉をはらうという大仕事を俺はやってのけた訳だ。


 ふふっ……わが生涯に悔いなし。

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