第23話 この命さえ……

 情に流されてるとはわかりながらも、休戦するのは悪いことじゃない。考えてみたら付き合ってわずかな期間の大半をケンカしてるような気がする。


 その原因の多くは俺にあるものの、平さんの過剰反応も関係してると考える所存であります。


 御託を並べてるが俺も平さんも仲直りというか、仲よくしたいのは変わらない。


 いや、反目するというほど険悪な関係ではないが、付き合いが始まって間のない関係の甘い感じはない。仲直りしたところで変わらないかもだが、譲歩出来る所は譲歩しよう。


 もめる為に付き合い始めたのではないのだから。


 そんな事を考えてるとある事が気になった。


「平さん、質問なんだけど。悪く取らないでほしい」


「何かしら。他の女子の話が出ないなら、悪く取りようがないのだけど」


「平さん、質問とは別に教訓を与えるよ。口は禍の元と言うけど今のは明らかに蛇足だそくだと思うけど」


「そうね、ごめんなさい。よく言うじゃない? 付き合い始めたら似て来るって。素直でいい娘だった私が皮肉家の源君の影響を受けてしまったのね。うん、ごめんなさい。猛省します」


「もう、平さんの会話は蛇足だらけで、むしろ蛇足が主題になってる気すらするよ。もし君の理論が正しくて俺といることで君の性格がねじ曲がったとするなら、素直に謝るよ。心から」


 仲直りしようとしたところからの完全な嫌味。もう別れた方がいいんじゃない? そんな事を少し思いかけていたところ、何故かいきなり平さんが手を握って来た。


「影響を受けて性格が皮肉家になりましたが、素直さも影響を受けましたので手を握ってみたりしました。お嫌でしたか?」


「いや、そんなことは……ないよ。うん、ごめん。大人げなかった」


「いいのです。それより私もお着換えをしたいのですがよろしいでしょうか」


「あっ、外に出ようか。なんならバルコニーに出るから、鍵を掛けてもらってもいい」


「おかしな人です、源君は。他の女子には胸のサイズやパンツのガラを聞いたり、口に出すのもはばかられるような言葉……乳首と言わせたりする方なのに。私には距離を取られますよね。先日もお聞きしましたよね、大切に考えて頂いてると」


「まぁ、そうだ。あっ、さっき聞きかけて平さんが茶々ちゃちゃを入れるから聞きそびれたんだけど」


「なんでしょう」


「平さんは俺にどう扱われたい。聖女さま呼びは嫌う半面、要求のレベルが高いように感じる。だから、そう言いながらも聖女さま扱いされたいのかなぁと思う面もある」


「なるほど、それは言葉足らずでした。他の方、他の男子に聖女さまとあがめられるのは好きではありません。でも、お付き合いしている源君に特別扱いをされたいというのは女こころではありませんか? でも、それを言葉にしなかったので、源君は私が特別扱いして欲しいという願望を、聖女さまとして扱われたいと感じたのではありませんか? もちろん、そんなことはありませんよ」


 あれ、意外と理路整然りろせいぜんと話が出来るんだ。


 いや、いつも俺が彼女の神経を逆撫さかなでしたり、げ足取ったりで、まともな会話が成立してこなかった。


「ごめん、なんていうか言い訳なんだけど、聞いてくれる?」


「はい、言い訳や愚痴ぐちを聞くのが本来彼女の仕事ではないですか。逆に水臭くないですか」


 そう言って肩をポンと叩かれた。このちょっとした行動が意外なほど俺の肩を軽くした。


「それではそうですね、彼女らしい初仕事をさせていただきましょうか。さぁ、遠慮なさらずに」


 そう言ってくれるのはありがたい。自分から口にしておいて躊躇ちゅうちょというか、戸惑いがある。戸惑いはあるがここで冗談に逃げたら同じことの繰り返し。


「言いにくいことなんだけど、痛みはある」


「北条さんのことですね。それは当たり前じゃないですか。仲よくしていた女子に、あのような裏切り行動をされたのです。仕方のないことですよ。でも、思うのです。あなたが本当に反省しないといけなかったところは、自分もどこか悪かったのではないのかと、自分を責めた行為です」


「なんで、そんなことわかる」


「想像ですよ。ケガをしてまでこの子、麻呂を助けてくださったこと。めんどくさいでしょうに、それでも私を毛嫌いせずにお相手してくださいます。私もあなたも、何かに踏み出さないとな時期だったのでしょうが、私でよかったのでしょうかと思わない夜はないです。でも」


「でも?」


「自分で言うのもなんですが、私不器用ですし意地っ張りです」


「そうだね」


「もう! そこは『そんなことないよ』です! でも、そういう事を源君が言うような方なら、きっとお付き合いはしてませんね。そんな気がします。でも、だから見て知って欲しいのです。素の私を。はい、きっとどこにでもいる娘なんです。でも、そんな私を知って見つけて欲しいのです。北条さんのことですが、不本意ですが三浦さんもいます。忘れさせてあげます。いいえ、覚えていられないほど慌ただしい日常にしてみせます」


 そう言って胸の前でそっと手を重ねた。その仕草は間違いなく聖女さまだった。語ってしまって恥ずかしかったのか、平さんは慌てて会話を変えた。


「そろそろ、私もお着換えをしようと思うのですが」


「バルコニーにいるよ」


「じゃなくて、冒険的な質問をしてもよろしいでしょうか?」


「冒険的? えっと、どうぞ」


「引かないでくださいね。私はひとりの夜にこんなつまらない事を考えてるのですよ、例えば私が着替えてるとしますね、源君はその悪戯いたずら心でのぞいたりしないのだろうかと。もちろん本当に覗いて欲しい訳でもありませんし、仮に本当に覗かれたら、それ相応の裁きを受けて頂きますけど。どうですか、私のお着換え。ご興味ないですか?」


「それ相応の裁きを与えると聞いた後にか?」


「ですから、仮の話です。実際に覗きをはたらくような暴挙に出る方じゃないでしょ?」


「思春期男子を舐めてますか? 覗きのためならこの命さえいとわない!」


「またそうやって冗談を。言いませんでしたか、私自己肯定感低めなんです。まぁ、自己肯定感を覗かれるかどうかで測るのはどうかしてますが。そうですね、ファンタジーな話としてです。実際覗いて欲しいとかでもないし、覗きたい願望を確認したいのでもないのです」


 そう言った平さんはうれしそうな顔してソファーに座り、隣をトントンした。どうやらこの話題はじっくり話したいらしい。

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