第26話 最寄り駅の混沌。

「カオスですか? カオスですよね? せっかくの土曜日の爽やかな朝に、源君はわざわざこの世の終焉しゅうえんを出現させましたよね⁉ なんで駅前になんですか⁉ そのメンバーに私を呼んだんですか! 嫌がらせですか? 私のこと嫌いなんですか⁉ あれ程愛してると言ったじゃない!」


 高校の最寄り駅。


 絶叫する海野うんのふき。自販機の陰に追い込まれ見上げた日差しがまぶしい。目のくらむような日差しが、夏の到来を告げていた。


 ちなみに愛してるとは言ってない。俺が愛してると言ったことがあるのはこの世界で、なぜか三浦みなみにだけだ。ほんと、なんでだ?


 蕗は目の淵に涙を溜めていた。そんな大袈裟な。俺は蕗の頭をぽんぽんと。蕗はなぜか涙目で「しゃー!」と威嚇いかくする猫みたいになった。


「何を言ってんだ。遅かれ早かれ『こう』なるんだ。ゲロするなら早い方がいいだろ?」


「いや、ゲロひとりでしてください! こんなの私、完全にもらいゲロじゃないですか! なんなんです『土曜の朝はみんなで修羅場』って。旅番組ですか? 不仲同士集めてロケする感じですか? 見てる分にはおもしろいかもですけど、出演したくないです!」


「何言ってんだ、今日は蕗が主役だろ。それに――」


「それにってなんです? まだあるんですか?」


「いや、知らないお前が加わることで抑止力になるだろ」


「計算高ッ! でも流石です! 付いて行きます、源のアニキ!」


「だろだろ? 今日のお前はいわゆる緩衝材かんしょうざいだ。いい感じに衝撃しょうげきを和らげてくれ」


「わっかりました! でも、緩衝材のプチプチって、プチプチいわされるだけいわされて捨てられませんか?」


「ちゃんとリサイクルするから大丈夫だ。お前は再生可能な資源だ」


「そうですか、あーざーす。でも、はしゃいでるのうちらだけですけど、どうします? そろそろお相手しないと、誰か通報するレベルの空気ですけど。極地豪雨来そうな勢いの空気ですけど」


 蕗にそう言われ、俺は仕方なく現実世界に戻って来た。


 今日の目的は海野蕗のイメチェン。


 元々そのアドバイザーとしてたいら華音かのんさんにはお越し頂いてましたが、ご存知の通り先日再会した『キングオブ元カノ』伊勢はるかのセルフカットが気になり『この際同時に面倒みたらいいんじゃね?』と短絡的な結論に至った私、源信哉しんや


 先程、蕗にも語りましたが、こんな狭い世界でバッタリなんてよくある話。


 そんなめんどくさい系のイベントフラグは立つ前にへし折る主義の私ですので、ここは敢えて自ら『ダブルブッキング』を敢行かんこうしたワケです。


 題して『今カノ!元カノ! イメチェン対決~~勝つのはどっち⁉』だ。主役はあくまで蕗だけど。


 そんな訳で土曜の爽やかな駅前に禍々まがまがしい空気を漂わせるおふたりの所に向かう、司会進行の源信哉でお届けします。命があったらまたお会いしましょう!


 ***

「きのう。お部屋で、かわいいって言ってくれました」


 うつむきながら近寄る俺にいきなりのジャブを平さんが放つ。いや、今の今まで「信哉さん」なんて呼ばれたことないんですけど。


「あの、平……はっ⁉」


 なに、一瞬で平さん『気』が高まった。これはアレだね、空気読めや! というヤツですね。わかりました。


「その、おはよ。華音かのん


「おはようございます、土曜日にお会いできてわたくし、心からうれしく存じます」


 声がいつもより1トーン高い。高いけど、目が全然笑ってない。目が全然うれしそうじゃない! しかも、小さく舌打ち。


「信哉君。これどういうことかなぁ。私てっきりふたりで会うものだと。あっ、違うわ。偶然そちらの方々と出会っただけなのか。ごめんなさい、伊勢はるかと申します。上総女子の1年です。信哉君とは親しくして貰ってます。信哉君、アンディの店でしょ。行こ」


 光を失った平さんの瞳が語る「へぇ、。そうなんだぁ、私の何億分の1親しいのかなぁ」と。瞳、長文語り過ぎだろ。


「こちらこそ、失礼致しました。わたくし、信哉さんと同じクラスで先日より『正式に』お付き合いさせて頂いておりますたいら華音かのんと申します。伊勢さん、でしたか。察するにのお友達さんですか。その節は信哉さんがお世話になりました」


「平さん。私は信哉君のそうですね、心のと申しましょうか。愛し合うふたりなのですが、家族の反対にあいまして……いうなら現在を生きる『ロミオとジュリエット』とでも申しましょうか。悲恋のうちに引き裂かれたのです。生まれ変わっても絶対に一緒になろうねと誓いあった仲。例えこの身が尽きようとも、ふたりの思いを引き離すことは叶いません。ちょっと失礼、信哉君。額の汗。あら、脂汗?」


 そっと手を伸ばし遥は額の汗を拭いてくれたが、思いのほか雑。気のせいか向かい合って汗を拭いてくれてるのだけど、足を踏まれてる。両足で。芸術家は愛情表現すら斬新だ。


「信哉君。そちらの方はどなた? 随分と仲良さげに話してたけど」


 えっ、私⁉ と首がねじ切れそうな勢いで蕗は俺を見る。


 俺はアレだ、もうこの段階では生唾飲むくらいしか出来なくなっていた。己のコミュ能力を過信してました。


「えっと、私はただのモブでして……源君にお情けでお友達して貰ってる、つまらないヤツです、はい」


 無難でしょ? これでいいでしょ? モブワードが決め手でしょ、と蕗の瞳が語る。どいつもこいつも目で語る。


 でかした。さすが蕗だ。いい感じの卑屈感で遥のマークを外した。バトルマスターも伊達じゃない!


「そうでした? きのうわたくし、小耳に挟んだのですが。海野蕗さん自ら『第三の彼女、私最強!』とどこでしたか。そうそう、テニスコートの裏で愛を叫んでいたとか、いないとか。そういえば、そこには信哉さんの元カノ北条さんもいて、海野さんの気合いに押され、半泣きだったとか。実際のところ、どうなのかしら海野さん?」


 平さん、その情報収集能力どこで身に付けた。あっ、ヤバい。名指しされた蕗がフリーズした。


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