第27話 憎い人。

 駅前でこれ以上滞在したら、市の迷惑防止条例違反になりかねないので予約していた美容院に移動することにした。


『アンディのお店』


「あら、なに。信ちゃん、しばらく来ないからよその美容院に浮気してるのかと思えば、髪伸びっぱじゃないの~~」


 出迎えてくれたのは言葉遣いに反して、筋肉隆々りゅうりゅうのスキンヘッドのオネエ、アンディ。オーナー美容師。


「アンディ、言わないであげて。女と付き合った挙句あげく寝取られて落ち込んでんのよ。ちょっと心配してあげたらさぁ、現在進行形で三股よ? 坊主にしてよ、アンディみたいに。うん、私が許可する」


「あらあら、これまた珍しい‼ 解けたの⁇ しっかし、遥あんたも相変わらずセルフカットしてるの? やめなさいよ、がしたら病んでる匂いがプンプンよ? 信ちゃん、なに? 寝取られたの? 反動で三股? あら、もしかしてそちらのかわいらしい、お嬢さんおふたりが彼女だったり?」


 身長180センチ越えの筋肉オネエが目の前に現れ、平さんは目を丸くしたが流石そこは生粋きっすいのお嬢さま。


「はじめまして。私、たいら華音かのんと申します。信哉さんとお付き合いしております。筆頭彼女とでも申しましょうか。お見知りおきを」


 そう言って聖女さまスマイルをした。欲を言えば返す刀で禍々まがまがしい光を帯びた視線を俺に投げないで欲しい。三股をした覚えはないんだけど。


「まぁ。じゃあ、あなたがなの? よろしく。ちゃんとお手入れしてるのね。髪も肌もとてもきれい。こちらのおさげのお嬢さんも信ちゃんの彼女なの?」


「いえ! 私は滅相もない! 源君とは……むしろ師弟関係と申しましょうか。海野うんのふきです。今日はよろしくお願いします!」


「蕗ちゃんか。いい名前ね。それで、誰からするの、信ちゃん」


 俺は蕗と遥の肩に手を置いてアンディの前に。


「メインは蕗。イメージはそうだなぁ……なんか強そうな? 路線はセクシー系かな。遥は任せるけど、上総女子だからあんまし攻めたら校則がヤバい。セルフカットの跡を目立たなくして欲しいのと、そうだなぁ……絵を描く時にイラつかないで済む感じで」


「信ちゃんは?」


「俺もだけど、ふたりからでいいよ」


「そちらの……華音ちゃんは?」


「えっ? 私ですか? 源君、どうしましょう。私全然考えもしてませんでした」


 それもそうか。今日は蕗のアドバイザー的な存在で来てもらってる。とはいえ、俺が蕗をセクシー路線と言った時点で平さんのアドバイスは期待できない。見るからに清純派なのだ。


「アンディ、平さんはとりあえず考える感じで」


「うけたまわり~~最近の公立、少しくらいカラーいいのよね? バレたら最悪、地毛って言い張ればいいのよ~~知らんけど(笑)今日は予約とってないから楽にしてね」


 ***

「あの、お聞きしてもよろしいですか。信哉さん?」


「ははは……その呼び方ヤバいなぁ。遥のこと?」


「えぇ、遥さんのことです。相も変わらず名字でお呼びですのにね、憎い人」


 そう言って並んで座り俺の太ももをつねってふくれた。その仕草がかわいく感じたが、場違いなので言わないでおく。


「実は先日、聞いたのです。源君がぼーっとしてた日、三浦さんに」


「三浦に?」


「はい。大きな荷物を運ぶのを手伝ったってだけで、三浦さん伊勢さんのことわかったみたいです『混ぜるな危険』なふたりとか。どういう意味です?」


「どうと言われても」


「伊勢さんが言ってました、先程。伊勢さんの親御さんが反対したとか」


「まぁ、そうなる。ウチまで乗り込んできたくらいだからな」


 もっと勢いよく追及される覚悟をしていたが、案外ソフトだ。痛いものに触れる感じ。気を使わせているのだろう。聞きにくそうだから、俺から話を振ることにした。


「聞きたいんだろ、まだ好きなのかって」


「それはそうなのですが。北条きたじょうさんとは違います。立ち入ってよいものなのか、迷います」


「迷うか。うん、俺も迷ってる」


「それは好きでいることをですか」


「ん……ごめん。よくわからないんだ。聞いただろ、自分で言うのもなんだけど、まさにロミオとジュリエット。悲劇振るつもりはないけど、家同士がバチバチなんだ。息子としては母親の辛そうな顔は見たくない」


「お優しいのですね、私の悲しい顔は見たいのですか?」


「それはそれで、グッと来るかもなぁ」


「まぁ、不謹慎な。わかりました、彼女の事はお任せします。単に私がバックショットが似合う、いい女になればいいだけのことですから。そうですねぇ、源君はセクシー路線がお好きなようですので、わたくしもイメチェンしましょうかしら。ふふっ」


 平さんは口元を隠して笑った。どうやら空気を読んで遥のことは目をつぶってくれるらしい。違うか、空気を読ませてるんだ俺は。あぁ、情けない。


~~華音ちゃん! そうと決まれば、レッツ・ヘアカラー! 全体的に髪色を明るくして~~明るめのインナーカラーしましょうか~~」


「え? えぇ~~~~~~⁉」


 アンディは有無を言わさず平さんを連れ去った。しかし、あっという間にアンディは戻って来た。


「信ちゃんはどうするの? 伸びっぱは頂けないわね~~ちゃんとしたら整ってるのに~~どう、任せてみない? そうねぇ~~あっ、あんた。さっき聞いたけど、寝取られたんだって?」


「まぁ、うん」


「ダメじゃない~~そうね、かわいい彼女も出来たんだし、舐められないようにしないとねぇ~~そうだ! シフトしましょう! そうしましょう!」


「えっ、やんちゃ⁉ やんちゃってなに? いや、ちょっと、アンディ⁉」


 平さんのみならず、俺もアンディに拉致らちられることになった。やんちゃってなに?

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