第44話 朝チュン確定。

「蕗‼ たいへんだ、ナイトプール行くぞ!」


 俺はさっきまでいたB組にとんぼ返りしていた。廊下側の窓を開け開口一番叫んだものだから蕗は口をへの字にした。案外こいつはツンデレかもな。


「あの、師匠。ナイトプールもやぶさかではないですがまだ朝です。普通に昼のプールでよくないですか。なんでナイトプールなんです?」


「いや、響きがエロいだろ。ちなみにお前エロい水着持ってるだろ?」


「なんで私がエロい水着持ってること前提なんですか」


「いやお前の体操服エロいから……」


「あのお言葉ですが師匠、それまだ笑いに出来る程消化できないです。あと、体操服破られてエロい方向に見てるのたぶん師匠だけですよ。見てください、師匠の発言のせいで自作自演臭が出てるじゃないですか。それでなんでナイトプールなんです?」


「いや、それは結果としてナイトプール行けるくらいのをだな」


「それ、停学の話ですよね。停学をそんなポジティブに受け止めて予定詰め込もうとしてる人初めてです。ある意味神の領域ですよ。でも、残念ながらまだ停学とは決まってませんよ、私には女の子の最後の武器『涙』を発動する準備があります! ナイトプールは夏休みにしましょう」


「甘いな、蕗。今から停学を確定させるだけの事をしでかす覚悟がある!」


「いや、確定させない覚悟を持ってください……でなんです、その覚悟。どうせ私くらいしか聞いてもらえないんでしょ。なんか不憫ふびんです」


 なんだろ、本気で不憫に思ってるのだろうか。眼の淵に軽く涙が溜まってる。冗談はさて置き本題だ。


「蕗、ここだけの話なんだが」


「こんなに注目集める登場して、エロい水着着用の上ナイトプールに誘っておいて『ここだけの話』なんてウソでしょ? 最近あんまり耳にしませんが『』聞いてますよ? クラスメイト『』聞いてますからね?」


 ナイスなリアクションと思いきや、実はそんな場合じゃない。なので色々ショートカットすることにした。


「和田一党がいない、誰も。しかも友奈だけいて落ち着かない感じだ」


「それって……変ですよね。師匠、ファミリーで今朝見てない人いますか?」


「細川君」


「細川君ですか? でもヤツは全中王者ですよ。バトルマスターの私くらいしか相手出来ないじゃないですか」


「違う、蕗。だ!」


「どういう意味?」


「源君、マジ⁉ ヤバくないか?」


 そこで気のいい野球部男子が口を挟んできた。彼にはこの意味がわかっていて、だからこそさっきまでの愛想いい表情が曇っていた。


「どういうことですか? 野球部の方」


「あれ、オレの名前知らない感じなんだ……まあいいけど。オレもだけど、細川君もやり返せないってこと。暴力沙汰とか試合出れないかもだし、部活の仲間に迷惑が掛る」


「じゃあ、細川君は……フルボッコに?」


「まだ、決まってない! 行くぞ、蕗! お前は俺のバディだろ?」


「ですが! お供はします! だけど、細川君どこですか? 食堂とか居そうなイメージですが!」


「お前全国の柔道部男子に謝れ! 別にいつも何か食べてないだろ、細川君! 誰か知らないか、今朝細川君見てないか?」


 それ程期待しての発言では無かったが1人の女子が胸の高さに手を上げた。それを見た大庭さんがキッとその娘をひるむが気丈きじょうなのだろうまるでひるまない。


「あの……細川君か、わからないけど、和田君たちがテニスコートの方に行ってた。結構前だから急がなきゃ!」


「ありがと、そのなんか困ったことがあったら言ってよ。例えば感じの悪いクラスメイトの嫌がらせを受けそうだとか」


「うん、ありがと。すぐチクるから大丈夫!」


 よかった。B組全員が大庭さんみたいなんじゃない。野球部男子もいれば今の娘もいる。いつまでも蕗に嫌がらせ出来る環境じゃないぜ。


 俺と蕗は廊下に駆け出した。その先には三浦みなみが待ち構えていた。軽くストレッチをしているところを見ると説明は不要なようだ。


 しかもその隣には平さんがベタにホウキを手に待機してた。明らかに俺たちに同行する気のようだ。


 停学に王手を掛けた俺と蕗とは違い、平さんと三浦は可能なら巻き込みたくない。だけど、押し問答してる時間はない。


 なので、俺は説明を端折はしょる代わりに三浦の肩に手を置いて言った。


「愛してるぜ、三浦。いい子だから平さんとお留守番してくれ」


「えっ……あっ、はい」


「わ、わたくしは?」


「もちろんだ、大人しく三浦と待っててくれ」


「あの……お言葉ですが私も三浦さんと大人しく待つ準備がですね――」


「バカ言ってないで行くぞ、蕗。お前、俺のバディだって意識低くないか?」


「いや、同行までさせられてお説教ですか? 何ですか、師匠はモラハラ男子ですか? 老害予備軍ですか?」


「なに言ってんだ、お前そういうの、好きだろ」


「なっ⁉ 何故にそれを……仕方ありません、ここは停学崖っぷち組で対応します! そしてめでたくふたりはナイトプールの闇に消え、朝チュンを――」


「おい! 蕗! 急げ!」


「あっ、もう! わかりましたって!」


 駆け出すふたりの後姿を見守りながら華音かのんみなみは心の中で呟く。


(ナイトプールの闇⁉)

(あ、朝チュンですって⁉)

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